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【NPJ通信・連載記事】ペルーの今を生きる人々/五十川 大輔

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ペルーの今を生きる人々
第4回ペルーの先住民族・女性活動家
タニア・エディ・パリオナ・タルキ (28)
ペルー・アヤクチョ県ビクトル・ファハルド郡カジャラ村出身

2014年5月5日

 

タニアの家族は、彼女が7歳のときアヤクチョ県の中心都市、ウアマンガに移り住んだ。 農村から都市への人口流動は世界の至る所でみられるごく普遍的現象であるが、この地方においては、 1980年代初頭より10年以上に渡って続いた 「政治的暴力」 が、人々が生まれ故郷を捨て、都市へと移り住まざるをえないような状況を作り出した。

1988年5月、タニアの出生地カジャラ村の隣村に駐屯していた政府軍の装甲車が反政府組織、 センデロ・ルミノソによって爆破され死傷者がでるという事件がおこる。 怒り狂った政府軍は、犯人達が逃走したと思われるカジャラ村に乗り込むと、収穫作業をしていた農民達を広場に呼び集め、男性達に拷問を加えた後、 妻や子ども達の目の前で50名近くを殺害した。その後、政府によって遺体は隠蔽され、事件の証言を行った村人など十数名が誘拐、暗殺されることとなった。 同様の惨劇は、アヤクチョ地方を中心に日常的に繰り返され、結果として7万人もの人々が命を落とすこととなった。

タニアは10歳の頃、この 「政治的暴力」 によって共同体を破壊され、ウアマンガへと逃れてきた人々のケアを続けていた、 ペルー・先住民族文化センター(CHIRAPAQ)のワークショップに参加するようになり、以後子ども達の間でも中心的な役割を担うようになる。

タニアは、この団体を通して自身のルーツとなる文化が持つ価値を認識するようになり、 村から離れることによって失われていく一方であったケチュア語を習得し直す機会を得た。 そして、ケチュアの民としてのアイデンティティを強く自覚するようになり、自分と同じような境遇にある世界各地の先住民族達とも連帯し、 先住民族の権利の擁護に貢献をしてゆきたいという感情が芽生えてきたのだという。

いまや若い世代のほとんどは村を離れてしまったが、何らかのかたちで村との関わりを保ち続ける者も少なくないという。 種まきや収穫などの農繁期には多くの若者が手伝いに戻ってくるし、年に一度の祭りには、泊る場所がないほどに村は人々でごったがえす。 家族の畑でとれる収穫物は、都市で慎ましい生活を送る人々にとって欠かすことのできない生活資源でもある。

タニアは、時間を見つけては母方の祖父母に会うために村へと戻っている。祖父母は、共に85歳を超えるが健康そのもので、朝の4時には目を覚まし、 放牧や農作業などの生業を黙々とこなしはじめる。タニアは、働き者の祖父母を見ていると、8年前に脳溢血で亡くなった母親の姿を思い出すという。

母親は本当によく働いた。日中は市場で野菜や自家製チーズ、衣料品などを売り歩き、家に戻れば夜遅くまで裁縫をするなど手を休めることがなかった。 母親が働きに出る時には、7人兄弟の誰かが必ず手伝いについていった。せめて週に一度くらいは母親に休んでほしいという思いから、 毎週日曜は兄弟で市場での物売りを分担した。

タニアは、幼少期より働くことを通して 「Ama quella」、怠けるなというケチュアの格言をしっかりと守ることができたと思っている。 アンデスでは、この Quella(怠け者)ということばが、他人に対する最大の蔑みのことばなのだという。

村の子ども達は、みな当然のように農作業を手伝う。年端のゆかない子どもは、放牧や草むしり、麦の脱穀など大人達の作業に付き添うことによって、 遊びながら仕事を覚えていく。農作業に携わる子ども達は、農繁期になると学業を怠ってしまうので問題だといった声が教師達の間から時折あがる。 だが、タニアにとって、この問題は学校側に責任があるように見えて仕方がない。

学校は、村の農業暦に配慮して授業環境を整えることができないのだろうか? 教師達は、 共同体で培われてきた文化や知恵を授業に反映させるような努力を怠ってはいないだろうか? 教師を含めた大人達は、 グローバル化の一途をたどるこの世界において自身の文化など全く無益であるといった考えにとらわれ、 子ども達の現実にそぐわないような借り物の教育を押し付けようとしていないだろうか?

これらの不満は、タニア自身が小中学生の時から感じ続けてきたことである。ケチュア語をしゃべると 「遅れた」 者としてみられ、 差別をさけるために自分の故郷や親の出身地を隠さねばならないような街の学校での毎日は、本当に苦痛であったという。

現在タニアは、ペルーのアンデス・アマゾン地域の女性先住民が集って結成された全国組織に加わり、青年部の書記長という役割を担っている。 また、2014年の9月に、国連総会にて初めて開かれる 「先住民族世界会議」 に向けて設立された準備機関、 先住民グローバル調整グループ(indigenous global coordinating group GCG)の3名の若者代表の1人に任命され、 国際的にも重要な役割を担うようになった。

GCGの若者代表として、世界各地で開催される国際会議や研修会に頻繁に出席する機会を得たタニアは、 各地の先住民族が直面する問題の深刻さを知ると同時に、それぞれの文化が持つ多様性や豊かさ、 または 「先住民族の権利に関する国連宣言」 を中心とした世界的な動きのなかに、 支配的なグローバリゼーションの波とは異なった新たな流れが生み出される可能性を、その肌で強く感じ取っている。


昨年12月チェンマイにて行われたGCG会合
*関連動画
タニア・パリオナ ペルー・アヤクチョ 先住民の人権活動家

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