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【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑

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第38回 クラシック音楽の問題点(10)
音楽史における密度の高い 「マッピング」 の必要性
谷戸基岩

2014年5月6日

子供の頃からずっと自分には全く無縁の世界のように思っていたけれど、この6月24日でとうとう私も還暦を迎えてしまった。 思えば小学校3、4年生の1963年頃ロックを熱心に聴くようになってから約半世紀が経過している。 その間ずっと一貫して私はレコード(シングル盤、LP、CD)のコレクターであり続けていた。聴く音楽、好きな音楽家はどんどん変化して行き、 1963~1968年頃に最も忌み嫌っていたジャンルだった 「クラシック音楽」 の世界で現在は音楽評論家をしているというのは何とも皮肉な話だ。 しかしある意味であの時代にロックを聴いていたのは大正解だったと今では思っている。
というのは、正に 「ロック」 という音楽ジャンルが産業発展して行く過程を同時代者として経験することが出来たからだ。 ちょうどビートルズの登場前後からサイケデリック・ロックの終焉の頃までを体験することができたのだ。 それに何といっても子供だったので当時の雑誌や放送で読んだり聞いたりしたことを自然に憶えてしまっていた。それは大きな財産と思っている。 そんなことを覚える間にどうして漢字、歴史年号、英単語など学校で習ったことを熱心に記憶しないのか、とよく言われたものだった。
しかしあの時期の経験があったお陰で、今日この時代の音楽について書かれた後世の文献の問題点に気づくことが出来る。 そこでは余りにも歴史が単純化されていたり、後世の価値観にとって都合の良いように情報が取捨選択されているのだ。 勿論、当時の歴史を実際に経験した人が書いても100人が100人異なる歴史を書くことは想像に難くない。そこには個人の嗜好が常に作用するからだ。 けれどもビートルズ、ローリング・ストーンズ、ヤードバーズなどが必要以上に神格化される一方で、 全米・全英チャートをいつも賑わした当時の人気グループやアーティストのいくつかが不当に過小評価されているケースも少なくない。
ただ60年代ロックやポピュラー音楽の場合には問題がない。こうした世間の偏った価値観による歴史が提示されていたとしても、 ヒット・チャートという人気の明確な指標が残っており不当な評価を受けているアーティストたちの名誉を護ってくれているからだ。 そして何よりも多くの場合、彼らの魅力的な音源や映像が復刻されて残されているため、こうしたCDやDVDなどを通じて、 そうしたアーティストたちを知らない他者にも比較的容易にその良さを伝えることが出来るのだ。

日本もそうだが、英語圏以外の国々ではこうした英米のヒット・チャートを賑わせたようなロックやポップスの受容にも国ごとに大きなバラツキがあった。 グローバリゼーションが進んでしまった、 そして英語という言語が社会人としての必須課題であるかのように喧伝されている現代と1960年代とでは、 こうした英語のヒット曲の受容にもそれぞれの国ごとに異なる事情が働いていた。
例えばローリング・ストーンズが 「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」 をイタリア語で歌った音源があるし (これはコンピレーションのLPで私は持っているのだがCD化されたのだろうか?)、ビートルズだけでなくサーチャーズ、シュープリームス、 ボビー・ヴィントンなどドイツ語で歌った録音も復刻されている。 サンディー・ショーのように英仏伊の3ヶ国語のヴァージョンでそれぞれ復刻CDが発売されているようなケースさえもあるのだ。 この時代の音楽シーンならではのことである。
ロック・グループにはそうした例はほとんど無いけれど、1960年代にはコニー・フランシス、ジョニー・ソマーズ、 ブレンダ・リー、ペギー・マーチをはじめとして自らのヒット曲を日本語で歌った歌手も少なくなかった。 それらは今日私たちが考える以上に大きな意味を当時の日本の市場では持っていたのだ。最近ではその話題性の面白さからか復刻されているケースもある。

当時の社会的な風潮もまた同時代を生きていなければ、そして関心を持っていなければ判らないものだ。 例えば 「音楽の力によって世界平和が実現できる」 といった楽観的な考え方は今日ではとても陳腐なものに思えるが、 当時は真剣にそう思っていた人々も少なからずいたのではないか。 私もこの曲によって平和のメッセージが伝わればと思い、ドアーズの 「名もなき兵士」 のリクエスト・カードを地元の放送局に送ったものだった。 その後しばらくして 「アメリカの兵器産業」 という本を読み、結局のところアメリカという国が存在する限り戦争は絶対に無くならないという事実を知り、 私の平和への淡い幻想は見事に打ち砕かれたのだが・・・

同時代を生きていると、意識しなくても入ってきてしまう情報もある。当時の私はロックを聴こうと思っていつもラジオの洋楽番組をかけっ放しにしていた。 地上波が中心で、時には福岡のRKB毎日放送の番組さえも周波数を合わせていた。 今にして思えば、洋楽番組を聴くとヒット・チャートは全部ロックというわけでもなかったから、意識せずともそれ以外のヒットも自然と耳にすることになった。
例えばナンシー・シナトラ、ディーン・マーティン、シュープリームス、ペトゥラ・クラークなどなど。 実はこれもとても重要なことではなかったのか、と今にして思う。 私は無意識のうちに1960年代という時代の音楽をより広く自分の頭の中に 「マッピング」 していたのだ。 ロック以外のジャンルに関しては聴いたものの密度が低いので確度が低いのは当然だが・・・ それにしても同時代にはこんなものがあったという漠然としたイメージを持てるレベルの知識は得ることが出来た。 それも同時代者であることのメリットかもしれない。

最近つくづく思うのだ。自分が1960年代のロックにおいて経験したレベルの音楽の 「マッピング」 を、 クラシック音楽が産業発展を遂げた19世紀の音楽に対して行うことは可能なのか、と。 しかし後追いで音楽の歴史を調べるには尋常ならざる努力が必要であることは、先述のようなロック体験から私には容易に想像がつく。 現代の人間が19世紀のクラシック音楽を調べるには同時代者としてのアドヴァンテージを持てないからだ。 当時の人々にとっては常識であったようなことなのに後から調べたのでは判らないこと、その重要性が理解できない事実も多々あるだろうことは明白だ。

ならば歴史を語るに当たってせめて可能な限り多くの国の多くの作曲家に接して、自分なりの見取り図を頭の中に作ることが大事ではないだろうか。 しかしながらこれは恐らく途方も無くあてどない夢だ。 そもそも19世紀の100年間に作品が出版された人だけを採っても、一体どれだけの作曲家が存在したのだろうか? そして彼らはどんな作品を書いたのか?  だがそんなことを完璧に知ることはほとんど不可能だ。どんなに大雑把に構えてさえもかなりの困難を伴う。 そもそもこの時代には録音というものが存在しないか未発達であったため、同時代の録音がほとんど残っていない。 それゆえに今日ほとんど演奏されないような作品に関しては楽譜としてだけ存在しているものが、それこそ想像もつかないほど膨大な量に上るからである。
しかしながらこうした作品をただ機械的に演奏すればその魅力が判るということでは決してない。 ある一般的ではない作品を有名名曲と同じ土俵上で語るには多くの場合無理がある。なぜなら有名名曲には今日に至るまでの膨大な演奏実践があり、 それに伴って師弟間で伝承された演奏伝統というものが存在している。更には古今東西の名演奏家たちによる録音が数多く遺され、 我々はそうしたものに比較的容易にアクセスできる。
これに対して一般的でない作品の場合には音楽家は演奏伝統が無いから、一から自分で音楽の解釈を組み立てて行かねばならない。 もし仮に録音があったとしてもそれがベストのものであるかどうかは保証の限りではない。 何百種類の中からの一枚と数種類の中の一枚ではもとよりハンディがあるのは当然だ。 しかしどんな演奏であってもある曲を聴いたことがあるのとないのとでは大違いなのだ。

恐らくクラシック音楽の場合には19世紀の歴史を語る人のほとんどが、世間で頻繁に演奏・録音される有名曲を聴いただけで、 そのほとんどを判ったつもりになっているのではないだろうか? それはちょうど新幹線だけを利用しながら日本の主な都市で下車し、 観光しただけで日本全体が判ったと思っているようなものではないだろうか?  私がローカル線で旅するのを好むのも日本各地の様子を車窓からであっても確認したいという 「マッピング」 の欲求に促されてのことなのである。

そうした中で21世紀になり、海外では自国のクラシック音楽の歴史を精査しようという動きが活発化してきている。 特にポーランドとスペインでそうした運動が顕著だ。ポーランドの 「アクト・プレアラブル Acte Préalable」 (仏語で 「先駆け行動」 の意)というレコード会社は 「自国の音楽とアーティストをプロモートする」 をモットーに設立され、 中世から現代までこれまで知られていなかった、あるいは録音の少なかったポーランド人作曲家の作品を次々と紹介している。 1997年から制作を開始し、発売点数はすでに200を超えた。 同社ほど徹底はしていないが、 やはりポーランドの 「ドゥクス DUX」 という会社も一般的ではないポーランドの作曲家たちの作品を数多く取り上げて録音しており看過できない。

同じような状況はスペインでも起きている。「ベルソ VERSO」、「ラ・マ・デ・ギド LA MA DE GUIDO」、「タニードス TANIDOS」、 「コルムナ・ムシカ COLUMNA MUSICA」、「スペイン音楽学学会 SEDEM」 などのレーベルから世界初録音となる19世紀以前の作品の録音が相次いで発売されている。 例えば BASSUS というマイナー・レーベルからはアナ・ベナビデスというピアニストが19世紀スペインの作曲家51人のピアノ曲を集めたCD(全6巻、 12枚)をリリースしている。ほんの少し収められたアルベニス、グラナドスの曲くらいは知っている人もいるだろう。 けれどもほとんどの作曲家を知らない、聴いたことがない人の方が圧倒的に多いのではないか。 一般的には 「アルベニス、グラナドス以前には何も無かった」 と認識されている19世紀スペインのピアノ・シーンを、 より正確に把握するにはこうした録音はどうしても聴いておく必要がある。

19世紀スペインの作曲家51人のピアノ曲を集めたCD

 

こうした大手の輸入業者が取り扱わないような、 ヨーロッパのマイナー・レーベルを丹精込めて取り扱っている株式会社サラバンドの金田敏也さんの奮闘ぶりには本当に頭が下がる。 彼が作成・送付してくれる日本語の新譜案内を基に私は必要に応じてこうしたCDを購入している。 一般的に知られていない作曲家や曲名を欧文から適切な日本語表記に変えることがどんなに大変な作業であるか・・・ 私はレコード会社でさんざん経験したが、それは誠実にこなそうとすればとにかく手間のかかる作業なのだ。 私が 「レコード芸術」 誌の 「海外盤 Review」 のコーナーなどで珍しいCDを面白がって記していられるのも、金田さんの地道な作業があるお陰なのである。 世界の最新の音楽的な情報・知識を我が国でも広めようという志を持った活動に心より感謝したい。 一度サラバンドのカタログの ホームページ にアクセスしてみるといい。 上記のレーベルのカタログをじっくり見れば、世の中には何と多くの知られていない作品があるのか、驚かれるに違いない。

とはいえ、保守的な体質が強い我が国のクラシック音楽の世界では、 こうしたメイン・ストリームではない地道な活動にマスコミや音楽評論家もほとんど注目しないし、紹介もされない。 けれども、それぞれの国の音楽史をより正確にマッピングしようと思ったら、 こうした海外のマイナー・レーベルの活動や発売される新譜に大いに関心を持つ必要があるのだ。 お仕着せの音楽史に何の疑問も抱かずにクラシック音楽を聴き続けるのか、それとももっと緻密な音楽史を構築する努力するのか?  やはり私は後者であり続けたいと思う。

 

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