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【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照

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(52)天皇は国家元首であるのか?

2018年3月8日

自民党が憲法改正の動きを加速化させている中で、改めて「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」( 平成28年8月8日)を拝読した。

以下、法律・憲法には素人の一国民として、「第一章 天皇 第一条」に限定して、限られた知見にもとづいて私見を述べたい。事実の誤認などの指摘があれば改めたい。

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現行憲法の第一条を読んでみよう。

「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、
この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」

第一条には、天皇が国民を支配するとか、絶対者として君臨するとかの意味は皆無である。
むしろ国民に支えられている天皇である。

そして、もし現行憲法を是認するのであれば、天皇(古代より維持されてきた伝統的地位としての天皇と、その地位を授与されている実態としての人間としての天皇との総体)の歴史的実態を是認するのであり、それが日本国と日本国民の象徴なのである。

天皇は、なんらの絶対者でも支配者でもない。

しかも、天皇は国体 (constitution) と物理的領域(日本列島)とを含む日本国と、そこに居住する国民との象徴でもある。

歴代の天皇の中には、英邁な天皇もいれば、そうでない天皇もいた。

特定の天皇が嫌いであるから、そのような個人に日本の象徴であることは認められないと考える反天皇(制)論者がいても、伝統的地位としての天皇を否定することにはならないから、個人の内面における思想の自由である。

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つぎに自由民主党の「改正草案」(「日本国憲法改正草案・平成二十四年四月二十七日(決定)」)第一条 を読んでみよう。

「第一条
天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、
その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」

元首( the Head of State)は、西欧政治における概念である。

連合王国・イギリスは、constitutional monarchy といわれ、
現在の君主であるエリザベス二世は the Head of State であり、head of the judiciary ( all the judges ) であり、head of the Church of England であり、さらに the Commander-in-Chief of the armed forces である。

彼女の顔は、すべてのイギリス紙幣、コインと郵便切手に印されている。

天皇とイギリス国王とは、その伝統と歴史的実態において、似て非なる内容である。

天皇家の皇子たちとイギリスの王子たちの教育と行動の様子も異質である。

天皇は、タイ国の国王ともイスラム諸国の国王とも、まったく異なる内容の地位と伝統である。

天皇を中心とする皇室の精神的立場は、教派神道でもなく国家神道でもない、いわば広義の古神道である。

ちなみに「国家神道 ( State Shinto) 」なる言葉は GHQ による「神道指令」(1945年) で使用されて一般化した。

複雑な現実を単純に観念化して、それに負の意味を暗示される用語や印象の強い造語を与えてレッテル化して情報操作することは、今日の国際政治で頻繁に実行されていることである。

                  ***

天皇と皇室の歴史的実態に照らせば、“天皇” は国王でもなく皇帝でもなく、もちろん “king” でも “queen” でもない。

エリザベス二世もサウジアラビアの国王も日本の天皇も、それぞれの国の最高の名誉と権威を示す地位にあるという意味では、国際的儀礼上「元首」である。

それぞれの外国の一国の威厳や権威を代表する人物が来日して接見するのであれば、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」としての「天皇」が接見する。

来日する外国の代表は、国王に相当する最高位の権威者に会うのでも、国家元首に会うのでもなく、天皇に接見するのである。

端的に「象徴」には唯一性の最重要度の意味を内包しているから、それ以外の形容詞は不必要であり、天皇は元首ではないのだから、憲法において元首と規定する必要もない。

天皇を異様な権威と権力に祭り上げた「大日本帝国憲法」の根本的瑕疵は、天皇を元首として「天皇制化」したことである。

それは明治維新の指導層が、西欧の政治思想と政治機構を浅薄に認識して無意識の内に「天皇」を「天皇制」と観念的な誤認をしたことによって生み出された。

そのことが先の大戦後の天皇責任論に、さらに悪い事には責任の所在の曖昧さに結果したのではないか。

天皇を元首化することにおいて、さらなる危惧は、もし最初の改憲が行われた場合、さらなる次回の改憲がおこなわれて、天皇のさらなる「元首化」が進むことである、

歴史的実態と概念が完全に異質の天皇と元首が一体化すれば、歴史的伝統としての天皇の地位の意味は変質するだろう。

天皇元首化の思考は、改正草案(前文)の、なにか浮ついた内容と表現にも反映している。

ローマ文明の拡大以来、西欧世界の覇権的情念に実態を考えれば、天皇解体を長期的に目論む勢力が国内外にあるかもしれないことも、想定しておくべき事である。

第一条の認識が変質すれば、それがすべての条項に反映するのは当然である。

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自民党の改正草案では、元首について想定問答を提示している。

―――――――――

「自由民主党の 日本国憲法改正草案 Q & A (増補版)
Q5 「日本国憲法改正草案」では、天皇を「元首」と明記していますが、 これについてどのような議論があったのですか?
答 憲法改正草案では、1 条で、天皇が元首であることを明記しました。
元首とは、英語では Head of State であり、国の第一人者を意味します。明治憲法には、天皇が元首であるとの規定が存在していました。また、外交儀礼上でも、天皇は元首として扱われています。
したがって、我が国において、天皇が元首であることは紛れもない事実ですが、それをあえて規定するかどうかという点で、議論がありました。
自民党内の議論では、元首として規定することの賛成論が大多数でした。反対論としては、世俗の地位である「元首」をあえて規定することにより、かえって天皇の地位を軽んずることになるといった意見がありました。反対論にも採るべきものがありましたが、多数の意見を採用して、天皇を元首と規定することとしました。
―――――――――

「五箇条の御誓文」の内容は、堂々たる一国の宰相の志の表明であると思う。
しかし「明治憲法には、天皇が元首であるとの規定が存在していました。」という想定問答からすると、改正草案においては、大日本帝国憲法における天皇の定義の基本的瑕疵が理解されていないのではないか。
「元首とは、英語では Head of State であり、国の第一人者を意味します。」という。
「元首」であれば、国際的政治世界では、政治的発言も行動も許されている。
欧米人の著名な政治学者に相談して元首でよいといわれたとしても、天皇の伝統の日本歴史における意義を体得してない西欧の識者の意見に依存するのは、西欧コンプレックスに過ぎない以上に危険なことである。
「国の第一人者」とは、どういう意味が不明である。
古代から連綿と、試行錯誤をくりかえしがなら、生成的に伝持されてきた天皇・皇室の伝統に想いを致しながら第一条を読めば、「国の第一人者」などという不必要で安易な表現は出てこないはずだ。
つまり「我が国において、天皇が元首であることは紛れもない事実」ではない。

さらに、現行の憲法では「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であるのに、改正草案「日本国及び日本国民統合の象徴」は、英文憲法の The Emperor shall be the symbol of the State and of the unity of the people の直訳的翻訳のように聞こえる。
自信をもって自立した日本の憲法をめざす改正をするなら英文憲法を参考にする必要はない。
現行憲法は成立過程にいろいろな議論があるが、英文憲法を参考にしつつも、第一条は「天皇」を堅持して日本の本意をしっかりと盛り込んだ簡潔かつ充実した条文ではないのか。

(2018/03/01記)

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