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【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑

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第63回 2017年回顧

寄稿:谷戸 基岩

2018年4月4日

 3月になり確定申告のために様々な必要経費を計算するのが年中行事となっている。私の場合は旅費交通費、雑費となるCD代金、チケット代、書籍代の比重が特に大きいので否応なく2017年度に通ったコンサートのことが思い出された。
 個人的には2017年は色々と大変な年だった。普段からの体調管理が悪かったせいか、10月に持病の鼠径ヘルニアが悪化し、緊急入院・手術する羽目になった。そのため10月4日から13日まで行く予定にしていたコンサートを全てキャンセルせざるを得なくなった。それでも年間287のコンサートに通った自分を褒めたい気持ちもあるが、やはり身体にかなりの無理を強いていたのだと深く反省もした。鼠径ヘルニアは長時間立っているのが良くないのだが、9月に「大阪クラシック」に出かけ7公演、ほぼ立ちっぱなしで聴いていたことが特に悪かったのかと反省している。健康管理も仕事の一部なのだとつくづく思う。まずは年間ベストテンだが、このルールと私自身の基本的なスタンスに関しては前回と一緒だが、念のため再度記す。

 
●谷戸基岩のコンサート・ベストテン2017

 「音楽の友」誌で2015年分まで記してきた記事との継続性維持のため、対象期間は2016年12月1日~2017年11月30日と設定した。

〔谷戸基岩の基本データ〕
 ★通ったコンサート数:287
 〔年間240(つまり月平均20)を切ったら私はあらゆる形での「ベストテン」の公表を止めるつ
  もり。何よりも私は第一に消費者として自分を考えている。それゆえそんなレベルのコン
  サート通いでは、いつも会場で顔を合わせる方々、つまり原則としてチケットを買って
  通っているヘヴィー・コンサートゴーアーに対して余りにも失礼だと思うからだ。〕

 ★主に聴いたジャンル:室内楽、器楽(特にピアノとハープ)、古楽、現代音楽

 ★こだわって聴いているポイント
  ①邦人アーティスト
   その理由:音楽評論家は自らが活動している国のアーティストに関して最も責任があると
       考えるため。「地球規模で考え、地域的に行動する」が私の行動哲学でもあ
       る。いつまでも外来アーティストを盲信してはいられまい。

  ②知られざる作品の探求
   その理由:何よりも価値観の多様性の確保。画一的な価値観の押し付けはクラシック音楽
       を「個人的な愉しい趣味」から単なる「一般教養」に劣化させてしまうと考え
       るため。

  ③優れた才能を持ったアーティストの発掘、確認
   その理由:自分もしくは妻〔小林緑〕の主催コンサートにご出演いただくアーティストを
       発掘および確認するための調査が必要なため。主催者は音楽家の評価を他人任
       せにするのではなく、自らの納得が行く者·団体を選ばなくてはいけないから。

♪平野一郎:交響神樂第一番《國引》、ほか/福島明也(バリトン)、中井章徳指揮出雲の春フェスティバル合唱団・オーケストラ〔3月20日 出雲市民会館大ホール〕
 大国主神の国譲りの神話を中心とした出雲国の神話・伝承・風土に基づく6部作(平野によると9部作に拡大する可能性もとのこと)の第1回だった。まず平和的な神話をベースにした作品であることが素晴らしい。とくに安倍政権による戦前回帰を目指す国家主義的思想が充満する現下のこの国にあっては信時潔の「海道東征」などよりこちらの方が演奏するに相応しい。特に国を引き寄せる場面での力感の表現が見事だった。今年3月18日の「交響神樂第2番《遠呂智》、同第3番《羅摩船》」の初演も聴いたが、ストレートに心に訴えかける傑作だった。あと2年は3月に出雲市に行くことになりそうだ。
  
♪メモリアル・コンサート~立花千春さんを偲んで/工藤重典、キャトル・クルールのメンバー、酒井秀明、瀬尾和紀、ほか(フルート)、山田武彦(ピアノ)、鈴木大介(ギター)、ほか〔4月18日 ヤマハホール〕
 私自身が日本で最も好きなフルート奏者だった立花千春さん(1970-2016)の追悼コンサート。ああこれほどまでに皆から愛されていた人だったのかと改めて実感させられた。それぞれの演奏に込められた想いもそうだが、当日配布された48ページから成る「メモリアルブック」に掲載された文章を読みながら涙が止まらなかった。この素晴らしい企画、熱演、そして真に愛情のこもった編集業務にファンの一人として心から感謝したい。

♪福井麻衣 ハープリサイタル~オペラ・アンリミテッド〔5月13日 青山音楽記念館京都〕
 オペラをひとつのテーマとして掲げ、多彩な曲目で楽しませてくれた。特に韓国人作曲家ウー(1976-2015)の「オペラ『シャンティ・ントラ』によるハープと打楽器のためのファンタジー」が打楽器とハープの相性の良さを生かした面白い作品だった。この曲は2月9日Hakujuhallでの昼・夜公演でも再演されたのは嬉しかった。その積極的で野心的なアプローチとともに福井は大いに注目すべきハーピストだ。

♪リコーダーとオルガンの響き~中世からバロック時代まで 時空の旅/浅井愛(リコーダー)、川越聡子(オルガン)〔9月15日 みどりが丘ふくしかん(東京、目黒区)〕
 小型とはいえ、間近で明瞭な響きのオルガンを聴くことの快感をしっかりと味わわせてくれた公演だった。そしてオルガンとリコーダーの相性の良さ。管楽器という共通項はあるが人の息で吹く楽器と機械的に送風される楽器の違いで微妙に味わいが異なる点が今更ながらに良く体感できた。浅井が各種リコーダー以外に持参した様々な風変わりな笛も洒落た口直しで良かった。

♪サントリー・チェンバーミュージック・ガーデン フィナーレ2017〔9月24日 サントリーホール ブルーローズ〕
 何と言っても最後の「ベートーヴェン:七重奏曲」が圧巻だった。初めてこれが魅力的な楽曲と実感できた。とにかく竹澤恭子のヴァイオリンの圧倒的なテンションの高さと推進力が凄い。アンサンブルの他のメンバー(川本嘉子、堤剛、吉田秀、亀井良信、福士マリ子、福川伸暢)が聞き耳を立てるかのような集中度で反応していたのが特に印象的だった。とにかく最近の竹澤の充実ぶりは見事。

♪ハープの個展ⅩⅣ 篠﨑史子、篠﨑和子(ハープ)〔10月2日 サントリーホ-ル ブルーローズ〕
 全て篠﨑史子の委嘱・初演作品で構成されたリサイタルだった。しかし何といっても最後に置かれた権代敦彦の「ハープのための夕やけop.158」の中間部に登場する抒情的な部分の美しさ! こんなにも心動かされる現代のハープ曲は滅多にない。これこそ後世に伝えるべき名曲と強く思った。
 
♪大谷康子 ヴァイオリンリサイタル、仲道祐子(ピアノ)〔10月14日 蓮田市総合文化会館ハストピア どきどきホール〕
 実力の割にその活躍がいまひとつ限定的であることを私が残念に思っている仲道祐子が、我が最愛のヴァイオリニストの一人、大谷康子と初めて共演するというので、これは聴き逃せないと思い、術後の最初のコンサートだが蓮田まで出かけた次第。いつもながらの大谷らしいハートフルな演奏だったが、特に前半の母に捧げる作品特集の部分は母を亡くして間もない私の胸にジンときた。

♪浅草オペラ100年記念 歌と活弁士で誘う ああ夢の街 浅草!/麻生八咫(活弁士)、山田武彦(音楽監督、ピアノ)、ほか〔10月18日浅草東洋館(浅草演芸ホール4F)、10月30日東本願寺慈光殿〕
 とにかく2つの会場、わけても浅草東洋館では身近に歌手たちが感じられた。会場のリラックスした雰囲気を背景に客が贔屓の歌手におひねりを投げるという慣習も再現するなど、浅草オペラ全盛時代の様子が垣間見えた。麻生の活弁も浅草オペラの歴史的な流れと演奏曲目にまつわるエピソードを簡潔に効果的に紹介し見事だった。戦前には客席の反応がヴィヴィッドに伝わるこうした空間で歌手たちは鍛えられていったのかと思うと、こういう場はとても重要と思えた。なにも歌劇場だけがオペラの場ではないのではないか。  

♪萩原麻未 ピアノ・リサイタル〔10月28日 川口リリアホール〕

 11月29日の浜離宮朝日ホールの公演も聴いたが、やはりドビュッシー「前奏曲集第1巻」が圧倒的だったのでこちらの公演を選んだ。「音が香り立つ」という表現がぴったりの繊細で抗し難い魅力を湛えた演奏だった。若手の中でも最も才能豊かなこの人が本格的なソロ・リサイタルを首都圏で行うようになってくれたことはピアノ音楽ファンにとって大きな喜びだ。

♪自由が丘クラシック音楽祭2017、ヴァイオリンで聴くフランスⅠ&Ⅱ/川田知子(ヴァイオリン)、松本望(ピアノ)〔11月11日 月瀬ホール〕
 これまでどこに魅力を感じて川田のコンサートに通っているのかいまひとつ判らなかったが、この日フォーレの「ヴァイオリン・ソナタ第1番」を聴きながらようやく気がついた。川田の魅力はその演奏に溢れんばかりの激情が漲っている点にあるのだ、と。この曲に作曲者が込めたのは正にそれだったのだから。松本望は相変わらずセンスの良いピアノを聴かせていた。

 
●その他の公演に関連して
 ここではコンサート通いをする中でここ数年気になっていたテーマについていくつかご紹介したい。

●理想的な日本語歌唱を求めて

 今年は私としては珍しく、声楽、日本語の歌唱という問題にこだわっていくつかのリサイタルを聴いた。言葉がハッキリと理解できる、あるいは感情がしっかりと移入された日本語歌唱は可能なのか? そんな問題がここ数年心に引っかかっているからだ。
 前述の「浅草オペラ」に加え、以下のような公演に足を運んだ。
 
 ①山田武彦と東京室内歌劇場vol.2〔7月7日 浜離宮朝日ホール〕
 ②国産礼賛! ~日本のうたを愛でる夏~万年筆女子会コンサートVol.2
               〔8月9日 l’aterier(渋谷)〕
 ③東京室内歌劇場コンサート シャンソン・フランセーズ5
               〔10月17日 渋谷区総合文化センター大和田 伝承ホール〕
 
 まず①では歌謡曲の数々も歌われたのだが、クラシック的な歌唱に合う曲と合わない曲があるのだ、ということに気づかされた。ふとこうした実戦経験の積み重ねからクラシックの歌唱に合う歌謡曲のリスト作成が必要なのではと思えた。個人的には「瀬戸の花嫁」は合う曲という気がした。①-③および前述の「浅草オペラ」のいずれにおいても橋本美香(ソプラノ)と田辺いづみ(メゾソプラノ)の歌唱がピカイチだった。①の山田武彦のピアノは勿論のこととして、②と③の田中知子のピアノも良い味を出していた。 

●没後20年の黛敏郎の作品を聴いて

 ①黛敏郎作品による野平一郎ピアノ・リサイタル/トリプティーク弦楽四重奏団
               〔7月21日、東京オペラシティリサイタルホール〕
 ②サントリー芸術財団サマーフェスティバル2017 「戦後日本の雅楽」
               〔9月4日、サントリーホール、ブルーローズ〕
 
 ①および②における「昭和天平楽」を聴き、ここ数年ずっと抱いていた「黛敏郎は私にとって20世紀後半の日本に存在した最高の作曲家の一人だったのではないか」という思いを改めて強くした。独創的で活力に溢れたその音楽・・・しかしながら同時にこの人物こそがその生前の右翼的な言動を私が毛嫌いしていた人物であり(そのため作品をまともに聴こうとも思わなかった)、そして今の日本社会を戦前回帰へと導こうとしている日本会議の前身である「日本を守る国民会議」の議長だったという厳然たる事実を考え合わせなくてはいけない。考えてみればそれが作曲家と時代を共有するということなのだ。そしてクラシック音楽も非常に政治および社会的な要素、場合によっては人間関係によってその作曲家・作品の評価までもが影響を受ける。そのために必要以上に過小評価されたり音楽史に埋もれた傑作がどれだけあることか・・・いずれにせよ野平のコンサートで買った黛の著作集などを手掛かりに、もう少しその人間像などを研究しなければと思った。そしてやはり黛敏郎作品の更なる復興運動を進めるなら、日本会議の政治的な影響力が弱まった頃にするべきではないのか?

●「大阪クラシック」に出かけて

 2015年以来2年ぶりに「大阪クラシック」に出かけて大阪フィルの平野花子(ハープ)による室内楽を中心に7公演を聴いた。前回と比較すると集客が半端ではなくなっているのに驚かされた。いかに無料の公演とはいえドゥシェクの「五重奏曲へ短調」〔9月13日、本願寺津村別院(北御堂)〕やヘルツォーゲンベルクの「五重奏曲」〔9月14日、リーガロイヤルホテル ザ・クリスタルチャペル〕ただ1曲を聴きに数百人の人々がコンサート前から列を成し、会場から溢れんばかりの状態で耳を傾けている様子にはただただ驚かされた。しかし同時にこれらの一般的には知られざる曲を聴いた人たちが興味を持ったとして、さらにこれらの作曲家・作品への好奇心を膨らませるような努力があっても良かった。その点は少し勿体ない気がした。例えばコンサート後にも残る、作曲家・作品に関する詳細な解説文のような何かがあればもっと良かったのではないだろうか?


●「花は咲く」以外の東日本大震災から生まれた歌は・・・

 私はどうも「花は咲く」という曲が嫌いだ。日本人好みの「待っていれば水戸黄門様が何とかしてくれる」風な他力本願の楽観主義を振り撒くようなあの曲は被災者ではない人たちにとっての「大丈夫という安心感」のための曲に思えてならない。しかし他にどんな歌があるのか? そのことがずっと気になっていた。2017年はそれに代わるべき素晴らしい歌に2曲出逢った。

 ①若葉のコンサート2017/速海ちひろ(ソプラノ、ハープ)、森本英希(フルート、リコーダー)
               〔4月22日 京都市立堀川音楽高校ホール〕
 ②空の記憶 水の記憶~笠松泰洋作品とイギリスの歌/広瀬奈緒(ソプラノ)、今川裕代(ピアノ)
               〔9月3日 Hakujuhall〕

 まず①で聴いたのが菅野祥子作詞・作曲、寺嶋陸也編曲による「春なのに」。②で聴いたのは俵万智作詞・笠松泰洋作曲の「いのちとは」。ただただ被災者へのストレートな共感が心を打つ。誰も被災者に対して安易に「花は咲く=大丈夫です」などと空手形を乱発することはできない。ましてや今の政府のもとでは!

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