NPJ

TWITTER

RSS

トップ  >  NPJ通信  >  世界人口総マイナンバー制のユートピア;IoT から IoHへ?

【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照

過去の記事へ

世界人口総マイナンバー制のユートピア;IoT から IoHへ?

2018年5月14日

トマス・モーアは、当時の欧州知識人の共通言語であるラテン語で『ユートピア』(1516年)を発表した。
ユートピアの思想は、西欧のエリートによる政治と経済にまたがる現代の様々な社会変革の思想の深層に流れている。

「ユートピア」は「この世にあらざる世界」である。
そして、「この世にあらざる」ことは少数のエリートたちによる社会や生命を改変する「人為性・反自然性」の支配思想を内包している。

ユートピア思想は、ギリシャ思想とユダヤキリスト教が合体した西欧史を主導する知的情念の延長上にある。このような情念は狭義には、現代世界の政治・軍事・金融そして言語(英語)を主導しているアングロアメリカンの支配情念の根底にある。

メアリー・シェリーの人造人間の怪奇小説『フランケンシュタイン』(1818年)も、この情念の延長にあるだろう。

そして、ハクスリーの『 すばらしい新世界 (Brave New World)』(1932 年)は、ユートピアの意味がさらに反転されたディストピア( 逆ユートピア ) の世界である。
人間は、培養ビンの中で「製造」され「選別」され、家族生活が否定されてフリーセックスが是認されている。


犬の頭部移植(Transplantation of a dog-head performed in the GDR by Vladimir Demikhov on
January 13, 1959; Wikipedia )

                  ***

このユートピア思想は、それを操る少数エリートによる生命と社会の計画的支配思想として、様々な分野で応用される。

・宗教的な応用・・・イエズス会はパラグアイのグアラニー人を使ってトマス・モアーのユートピアに記されているとおりの生活を実現させる実験を1767年まで行っていた。

・政治的・経済的統治理論として応用・・・唯物論的共産主義、そして現在はインターネットから得られるビッグデータを利用したグローバルな管理機構(ちなみに唯物論とは、観念論を基礎としたその対極の言説としての観念論の別名である)が進行中である。

双方とも、当事者たちの直接の意図とはかかわりなく、本質的に計画的社会変革の思想であり、変革する少数の人々と変革される大多数の人々がいるのが前提である。

このユートピア思想は根が深く、かつ広範に世界に浸透している思想である。
そしてこのユートピア思想の情念は、郷土愛に無関心の人々、非伝統主義者、観念的思想家、唯物論的共産主義者、 金融グローバリスト、 そして本人の自覚は無いかも知れないが(グローバリストを批判しているつもりの)大多数のリベラル知識人らの表層言語の背後に潜んでいる。

                  ***

表題の「IotTからIoTへ」であるが、周知のごとくIoT(Internet of things)は「モノのインターネット」で、経済活動にともなって輸送される巨大な量のモノがインターネットを通じて接続され、モニタリングやコントロールを可能にする状況である。

では IoH とはなにか。
「統合開放形ハイパメディア(Integrated open Hypermedia )」という技術用語があるが、わたしが表題に掲げた IoH は、わたしの思いつきで(他の人も思いついているかもしれないが)、
Internet of Humans、つまり「人間のインターネット 」だ。

ナノテクノロジーの発達によって、すべての人間の体内に極小のID チップが埋め込まれて、インターネットで連結されているユートピア世界である。

IDチップを通して、わたしたちの病歴、預金残高、趣味、行動様式などの情報が、世界の特定できない場所で、少数のエリートたちによって集中管理されている。

                  ***

最近、高額紙幣が廃止される動きが加速化されている。

2016年、インドで高額紙幣が廃止された。当局の表向き公式見解は措いて、実際は金融管理である。
ケネス・ロゴフ教授(マクロ経済学者・ハーバード大学)は日本に対して高額紙幣の廃止を提言しているという。

中央集権的体制の中国や、民意が政権に反映されにくい教育レヴェルの低い国や独裁的体制の国では、キャッシュレス社会が容易に実現されるだろう。

ナノテクノロジーのよって、国民すべてに生涯変更できないIDチップが体内に埋め込まれる状況が実現した社会とは、どのようなものだろうか。

                  ***

生命を加工する思想と、IDチップを体内に埋め込まれた人々を管理する知的支配の情念は、事実上、ユダヤキリスト教文明の中で歴史的に育まれてきた。終末論とユートピア思想とは、同一の思想の表裏である。

生命操作の進歩はクローン人間を生み出し、すでにフランケンシュタインで思想実験が行われているのだから、人間の頭部移植手術も可能だろう。

生命と世界の支配に究極の生きる目的を求める集合的情念のユートピア思想は、狭義には「世界の目的」を求めずには生きてゆけない西欧的人間の宿命と解釈できるが、広義には人類の生命進化に内在している支配情念であると認めざるをえない。

ユートピア思想の問題のやっかいな本質は、それが単なる悪意の思想ということではなく、常に善悪の両義を含んだ支配性の情念であることだ。

高度に進んだユートピア世界を操作する立場を想定すれば、
自由第一の新世界・アメリカ合衆国におけるトランプとヒラリーの両陣営が対立している状況、
南北に分断された朝鮮半島における北朝鮮の核ミサイル問題、
ロシアと西欧の対立などは、
巨大な「人間のインターネット」のユートピア世界における表舞台のゲームに過ぎない。

表舞台で起こっている出来事の上面を伝えるマスコミの報道の背後で、ユートピア先進国のアメリカは、2001年の「9.11」事件後、すぐさま9月14日に「大統領による軍事力使用権限
(AUMF)」を成立させ、ブッシュ大統領、オバマ大統領と続いて、現在北朝鮮最高指導者金日恩とつばぜり合いをしているトランプ大統領も様々な戦争を世界中でくりひろげている。
(Democracy Now; 2018/04/18; Unlimited Worldwide War)。

そして、アメリカ大統領たちによるアメリカ流の法治にもとづいた戦争ゲームのさらに背後で、次ぎなるユートピア世界への実験が、壮大な規模でグローバルに進行している。

                  ***

ユートピア思想とは、「我思う、故に我有り」で思考停止した「わたし」が、「わたし」の問題の根源への探求を回避して、「人間一般」の問題に置き換えて、その解決を外部世界に求める思想であるが、それは同時に、ユートピアから反対の方角へと突き進んでゆくことを止めないジレンマに陥る宿命の思想である。

ユートピアが暗い未来となるのか明るい未来となるのかは、すべて「わたしたち」に課された課題である。

では、わたしとあなたとが区別されている「わたしたち」とはなにか?
そして「わたし」とはなにか?
どこから来たりどこへゆくのか。

この問いを論理的かつ究極的に問いつめたインド最大の仏教者・ナーガールジュナ(龍樹;2~3世紀)は、彼の主著『中論』全体を次の趣旨をもってしめくくる。

慈悲をもって一切は空なりと説かれたゴータマ・ブッダの正しい教えによって、わたしは「わたし」の根源的問題を論じ終えた。

(2018/04/26 記)

こんな記事もオススメです!

クラシック音楽の問題点(21) 「風の時代のクラシック音楽   ~音楽史を神棚から降ろして」(2)

クラシック音楽の問題点(20) 「風の時代のクラシック音楽   ~音楽史を神棚から降ろして」(1)

ビーバーテール通信 第18回  反戦キャンプが閉じられた後に平和を求める声はどこへ向かうのか

鈴木大拙と西欧知識人との深層関係 (下)