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【NPJ通信・連載記事】高田健の憲法問題国会ウォッチング/高田 健

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徴兵制はあり得ない話なのか

2014年8月30日

徴兵制はありえないと断言する安倍政権と自民党

「意外な論題」と思う人も少なくないかも知れないが、「徴兵制」がありうるか、否かの議論がじわーっと広がっている。筆者は従来からこの意見には「オオカミが来る」式の煽りがついて回るのがイヤで、徴兵制はありえないだろうと考えてきたものの一人だが、今回の安倍内閣の閣議決定を経て、必ずしもそのように言い切ることもできないと考えるようになった。そこで、今回は、少し、「徴兵制」を論じておきたいと思う。

6月30日、7月1日、集団的自衛権の閣議決定をまえに、首相官邸前に駆けつけた中学生や高校生などの若者たちの多くは、多かれ少なかれ「徴兵制」の導入を恐れて行動していた。これは果たして杞憂に過ぎないのか。ほとんどブラックジョークに類するが、7月1日には各地の高校生に自衛隊の勧誘のDMが送られてきた。

元防衛官僚で現在、新潟県の加茂市長の小池清彦氏は6月25日の朝日新聞で「集団的自衛権の行使にひとたび道を開いたら、拡大を防ぐ手立てを失うことを自覚すべきです。日本に海外派兵を求める米国の声は次第にエスカレートし、近い将来、日本人が血を流す時代が来ます。自衛隊の志願者は激減しますから、徴兵制を敷かざるを得ないでしょう」と述べたが、今日、こうした危惧を表明する人びとは少なくない。8月12日の朝日新聞が紹介したところでは、政治家では、海外での戦争の戦死者などが自衛隊の志願者の減少につながることから、民主党の枝野幸男・元官房長官(5月)、元自民党幹事長の加藤紘一(5月)、同じく野中広務(同)、自民党の村上誠一郎・元行革相(7月)などが、徴兵制の可能性について警鐘をならした。これらとは別の少子化問題の視点から「自衛隊員の担い手がいなくなろうとしている」と指摘したのは野田聖子・自民党総務会長だ。

こうした徴兵制の危険の指摘に対して、自民党が本年7月につくった「安全保障法制整備に関するQ&A」は「全くの誤解です。例えば憲法18条に『何人もその意に反する苦役に服させられない』と定められており、徴兵制が憲法上認められない根拠になっています。わが党が平成24年に発表した新憲法草案でも、この点は継承されています。また、軍隊は高度な専門性が求められており、多くの国は現在の自衛隊と同じように『志願制』に移行しつつあります。憲法上も安全保障政策上も、徴兵制が採用されるようなことは全くありません」などといっている。

8月2日の産経新聞も「あり得ない徴兵制」「兵器高度化 短期間で習熟不可能」との見出しを付けて反論した。従来からの憲法解釈では、徴兵制は奴隷的拘束や苦役からの自由を保障した18条違反だというものだ。国会で横畠内閣法制局長官も「解釈変更の余地はない」と答弁した。産経は「プロ集団じゃないと(現代戦に必要な)兵器を使えない」「兵器や通信機器が高度化され、短期間で習熟するのは不可能だ」と強調した。

安倍首相も「(集団的自衛権の行使は)徴兵制につながるというとんちんかんな批判がある。徴兵制が憲法違反だということは私が再三、国会で答弁している」(8月5日、自民党の会議)、「私は何回も国会で『憲法違反になる』と明確に答弁をしている。批判は議論をゆがめる不真面目な対応だ。攻撃のための攻撃だ。集団的自衛権の限定的な行使と徴兵制の間に関わりは何もない」(8月9日・産経新聞インタビュー)などと述べている。

徴兵制にかかわる第1の問題。憲法18条の解釈の問題について

日本国憲法第18条 何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。

徴兵制は、この18条の「奴隷的拘束」と「意に反する苦役」に当たり、禁じられているとするのが、通説であり、従来の政府見解だ。

しかし、自民党の改憲草案が18条の「奴隷的拘束禁止」条項をわざわざ削除したのはいかなる狙いなのか。

自民党の石破幹事長は2002年の衆議院での発言をはじめ、その後も「徴兵制が憲法違反であるということには、私は、意に反した奴隷的な苦役だとは思いませんので、そのような議論にはどうしても賛成しかねる」などという意見の持ち主だ。

これらからみて、安倍首相が強弁する18条の徴兵制禁止規定はなんとも危ういと考えざるを得ないのではないか。

ましてや政権党たる自民党が、歴代内閣が憲法解釈上不可能だと断言してきた集団的自衛権の行使を、今回のように簡単にくつがえすことが明らかになった今日、内閣法制局長官の答弁を信じろというほうが無理な話だ。将来における徴兵制の導入の可能性が、単なる杞憂とは言えなくなるのではないだろうか。

徴兵制に関わる第2の問題。「高度化した現代の戦争では徴兵制は不可能」という見解

ありえない論者は兵器や通信機器が高度化され、短期間でこの高度軍事技術に習熟するのは不可能で、「軍事的合理性がない」という。しかし、今日、世界の各所で起こっている戦争の実態を考えれば、これは説得力に欠ける。

確かに米国、ドイツなどは徴兵制を廃止したが、世界をざっと見ただけでも、今日、徴兵制をとっている国々はかなり多い。たとえば徴兵制を施行している国家には、デンマーク、オーストリア、フィンランド、ノルウェー、スイス、ロシア、韓国、北朝鮮、イスラエル、トルコ、台湾、エジプト、シンガポール、カンボジア、ベトナム、タイ、コロンビア、マレーシア、中国、アルジェリア、キューバ、ギリシャ、ラオス、モンゴル、イエメン、イラン、クウェート、シリア、カーボベルデ、コートジボワール、ギニアビサウ、ギニア、等々がある(ウィキペディアによる)。これらの国々の中には、現実に戦争に直面している国々が少なくない。

現実に世界各地で起きている戦争は、戦争と言えば、コンピュータによるミサイル攻撃などの高度遠隔操作戦争しか空想できない貧困な想像力の世界ではない。戦争に不可欠の血みどろの陸上戦闘戦力、兵員数がものをいう兵站戦力など、戦争が始まれば兵士はいくらでも必要になる。軍事的合理性にかける説明をしているのは、一体どっちだといわれてもしかたがないだろう。

徴兵制に関わる第3の問題。自衛隊志願者は少なくならないだろうということ

小池氏が指摘するように、自衛隊が海外で闘い、血を流すようになったとき、はたしてそう言えるのか。

徴兵制ありえない論者は、海外で血を流すようになれば応募者や退職者が増えるなどと言うのは「自衛官に対する侮辱だ」として、「自衛官は服務の宣誓をして自衛官になった」「自衛隊法施行規則38条は、事に臨んでは危機を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえる」と宣誓していることをあげる。

果たしてそうか。今日の自衛官の宣誓は「私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し」とあり、海外で外国を守るために戦うということはない。今回の集団的自衛権行使容認に際して、この宣誓の文言を変更することが検討され、諸事都合で沙汰やみになった事は周知のことだ。

前述の産経報道は、防衛大学校の「オープン・キャンパス」来場者が増えていることなど、自衛隊人気は低くないと強弁している。しかし、最近の報道では「予備自衛官の定員は4万7900人だが、常に7割にも満たず、年々減少傾向にある」(18日、時事)ともいう。野田聖子総務会長は安倍政権の集団的自衛権行使に疑問を表明して「日本は急速に少子化が進んでいます。安全保障政策でリスクをとろうとしても、担い手がいなくなろうとしている。……ほんとうに安全保障を考えるなら、この数年ではなく50年もつものを考えなければなりませんから、少子化対策との整合性が必要です」(「世界」2014年6月号)と指摘したことがある。産経報道はあまりにもノーテンキすぎるのではないか。

自民党や安保・防衛族はおそらくこれを知って知らぬふりをしているのである。

この間、教育改革・教育再生の名の下に「戦争する自衛隊」を支える「ひとづくり」が企てられていることこそ、まさにこの一環の感があるということあながち的はずれとはいえないだろう。

経済的徴兵制のこと

自立サポートセンター「もやい」の稲葉剛さんは「赤紙なき徴兵制」(経済的徴兵制)という問題を指摘してこう言っている。「自衛隊が海外の戦地に派兵されることになれば、志願者の減少や退職者の増加が起こり、その結果、将来的に徴兵制が導入されるのではないか、という意見が出ています。実際、2003年のイラク戦争の後に自衛隊が派遣された際には志願者が減ったというデータもあります。しかし、貧困層の若者を『安定した仕事だから』と勧誘して、自衛隊に『自発的に』志願させる『経済的徴兵制』は以前から存在している。支援関係者の間では知られている話ですが、路上生活者には貧困家庭の出身で、自衛隊で働いた経験のある人が少なくありません。安倍政権は財政難を口実に生活保護などの社会保障制度を改悪し、「成長戦略」の名のもとに雇用のさらなる流動化を図ろうとしていますが、こうした一連の政策は若年層のさらなる貧困化を招きます。自らの政策によって貧困を拡大させ、貧困層を自衛隊に送り込もうとしているのではないか。『赤紙なき徴兵制』(経済的徴兵制)をさらに強化しようとしているのではないか。7月1日は、自衛隊発足から60年にあたる日でした。憲法9条と25条の問題はつながっています」と。

米国の経済的徴兵制については堤未果さんが「貧困大国アメリカ」(岩波新書)で紹介している。

稲葉さんが指摘するように、安倍政権の下で、急速に若年層の貧困化、格差社会が進行している。

いずれにしても、この議論は安倍内閣がかくも乱暴に立憲主義を踏みにじり、閣議決定によって日本国憲法の根幹である平和主義を踏みにじったことに起因する。明らかなことは、この危惧は閣議決定の撤回、安倍内閣の打倒によって解決する以外にないということだ。(「私と憲法」160号所収)

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