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改憲に先行する“壊憲”

寄稿:飯室 勝彦

2018年11月23日

 安倍晋三政権は改憲に向かって布陣を強化し既成事実を積み重ねようとしている。野党に対してもあの手この手で揺さぶりをかける。その一方で集団的自衛権に関する憲法解釈を変更し、「安全保障環境の変化」をキーワードに軍拡路線を突っ走っている。安倍政治による“壊憲”の実態にもっと警戒の目を光らせたい。

◎側近を据えて態勢強化
 あまり目立たなかったが、「安倍首相が自衛隊の明記など4項目の自民党改憲案の扱いについてトーンダウンの発言をした」との報道があった(2018年10月4日付け『毎日新聞』朝刊)。首相は「18年秋の臨時国会に改憲案を提出したい」と表明していたが、同党の高村正彦前副総裁が「条文案を衆参両院の憲法審査会で説明するという意味でいいか」と真意を尋ねると「そうとらえてもらってけっこうだ」と答えたというのである。
 安倍首相はこれまで何度も「提出」と言ってきただけに、報道は「説明」するだけでいいと「トーンダウンした」と解したわけだ。
 しかしこれを首相の軟化と見るのは早計だろう。具体的な改憲論議になかなか応じない野党に対するフェイントに過ぎまい。現に10月14日の陸上自衛隊観閲式の訓示でも「今を生きる政治家の責任だ」と改憲に強い意欲を示した。
 内閣改造に伴う党内人事では改憲推進本部長や衆院憲法審査会の運営をリードする幹事らに下村博文氏ら側近を据え、野党との協調を重視する船田元氏、中谷元氏らを外した。

◎衰えてはいない改憲への執念
 安倍首相の改憲への執念は衰えてはいない。下村氏らの人事は、むしろ通常の法案審議だけでなく憲法問題でも強硬路線をとる可能性を語っていると見るのが自然だ。
 自民党の改憲推進本部長に起用された下村氏は、早速、改憲論議を容認する、あるいは柔軟な国民民主党、日本維新の会幹部と接触、会食するなど、首相の意を体して積極的に動き始めた。それは野党分断工作に見えた。そして11月9日のテレビ出演で飛び出したのが「議論さえしないのであれば国会議員として職場放棄ではないか」という挑発的発言だ。
 政権側は、国会で具体的改憲論議に踏み込むことを狙って牽制、挑発、フェイントなどさまざまな手を打ってくる。「党改憲案の説明でいい」という首相発言にしても、実現すれば既成事実になる。提出、提示、説明……いずれにしろ改憲への大きな一歩となると計算しているのだろう。
 下村発言への反発で野党が分断されるどころか足並みを揃え、憲法審査会は依然として動き出す気配がないが、いよいよとなれば強引な手法を使ってくるのが安倍流だ。野党が敵失で実現したまとまりで情勢を楽観しているのは危険だろう。

◎右肩上がりの防衛費
 視線を転じて憲法第9条をめぐる現実を見ると、集団的自衛権に関する政府見解の変更、安保法の制定、自衛隊の装備増強などで憲法は既に骨抜きに近い。防衛費は安倍内閣で右肩上がり、18年度は5兆1911億円(米軍再編関連経費を含む)と過去最高である。「抑止力保持」の名目で世界有数の軍事力を備えている。
 加えて現時点でも5000億円近く、最終的にはいくらかかるかも知れず、迎撃効果も明確ではない米国製の陸上配備型迎撃ミサイル「イージス・アショア」を導入することが決まっている。一機百数十億円する米国製の最新鋭戦闘機を追加配備する計画もあるという。
 かつてドゴール仏大統領は池田勇人首相を「トランジスタのセールスマン」と揶揄したが、安倍政権の実情は「兵器のセールスマン」のようなトランプ大統領の求める「バイ・アメリカン」に抗するどころか相手の言うがままになっている観がある。
 アメリカ製の兵器を備えた自衛隊は訓練や作戦行動もアメリカ軍との一体化が強まり、非軍事の憲法を持ちながら日本は軍事大国化の道を歩んでいる。
 
◎GDP1%枠は風前の灯火
 財政危機の中で増え続ける防衛費だが財政の舵取り役である麻生太郎財務相は意に介さない。11月13日の記者会見で「周りの状況が厳しくなっていくのであれば、それに合わせて防衛費を増やしていかなければならない」「国が取り巻かれている国際情勢との比較を忘れるわけにはいかない」と今後も防衛費増額を容認する方針を示した。
 「防衛費をGDP(国内総生産)の1%以内におさめる」という枠は1976年、三木内閣で閣議決定し、87年に中曽根内閣で撤廃された後も強く意識されてきた。しかし安倍首相は17年3月、参議院予算委で「防衛費をGDP1%以内に抑える考えはない」と述べている。安倍首相の軍拡への意欲、トランプ大統領の売り込み……1%枠はいまや風前の灯火である。
 改憲は難航しているものの安倍政治による“壊憲”は着々進んでいる。

 中国の軍備増強、北朝鮮のミサイル試射、核開発などを背景として政権が強調する「抑止力強化の必要性」に、多くの国民はあまり疑問を抱いていないように見えるが、安倍政権は27兆円もの軍事予算を持つ中国と本気で張り合うつもりだろうか。軍事力が本当に抑止力になり得るのだろうか。軍拡競争を招くだけではないのか―。
 日本国憲法は前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した。……(われらは)国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」と崇高な理想を掲げている。
 国民一人ひとりが憲法を鏡として安倍政治を点検したい。危機が叫ばれる今だからこそその必要性が増している。

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