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【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛

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メディア傍見48 <新年は政府と馴れ合う記事で明け>

2019年1月23日

「政府は…方針を固めた」という特報の連発

 新聞に特ダネ合戦はつきものだ。だが、もしアメリカである一つの新聞が、トランプ大統領の政策を連日のように一面トップで特報したら、その新聞は市民の信頼を勝ち取れるだろうか。しかし、日本では同様のことが起きているのに、賞賛も批判も起きていない。
 「政府は…とする方針を固めた」という記事が、一つの新聞に限って、毎日のように紙面トップを飾っているのだが、読者はどんな印象を持っているのだろうか。「優れたジャーナリズム」と受け止めているのだろうか。あるいは「政府の官報、あるいは広報紙まがい」と見過ごしているのだろうか。
 新年早々の読売新聞がそうした新聞なのだ。まさかと思われる読者のために、以下に例示しよう。まず1月8日の同紙一面トップから。

 見出しは<北方4島、日露で賠償請求放棄案 政府提起へ>
 本文の書き出しは「日本政府は、ロシアとの平和条約交渉で、北方4島に関する賠償などの請求権を互いに放棄するよう提起する方針を固めた」
 そして、「平和条約と同時に、請求権放棄を定めた協定を締結する案が浮上している。戦後、自らの土地に住めない状態を強いられた日本人の元島民らには、日本政府が補償する方向で検討している」

 続いて、以下、いずれも同紙の朝刊一面トップ。
 13日:見出し<自衛隊機に電子攻撃力 レーダー・通信を妨害 政府開発へ>
    本文書き出し「政府は…方針を固めた」
 14日:見出し<辺野古 新区画埋め立てへ 3月にも、南西側33㌶>
    本文中「政府は…方針を固めた」
 16日:見出し<日本版GPS 海自活用へ 米衛星攻撃時に代替>
    本文書き出し「政府は…方針を固めた」
 21日:(トップ扱い。実際のトップは企画もの)
    見出し<辺野古設計変更へ 軟弱地盤改良 県、承認せぬ構え>
    本文中「政府は…方針を固めた」

 それにしても、これらの記事は、どうしてこうも同じ書き方になったのだろうか。ニュースソース(取材源)か記事の提稿者が同一、あるいはその両方が同一なのかと勘ぐってしまう。
 それはともかく、読売は、これらを「特ダネ」の連発と自賛しているようだ。13日の一面では、上記トップ記事とともに、「特ダネ!も 得だね!も」という大きな見出しの社告を載せている。

「特ダネ」「スクープ」とは?

 これらの記事は、確かに政府の政策に関する重要なニュースだ。しかし、「特ダネ」と言えるだろうか。「特ダネ」(特種)とは、本来どういうものだろうか。それは、辞典によれば【新聞・雑誌などで、ある社だけが手に入れた重要な記事の材料。スクープ】(大辞林)とある。
 同義語とされている「スクープ」については、さらに、次のように説明されている。
  【…重大ニュースをさぐり出して報道すること。また、その記事】。(同)
  【…他社を出しぬいて、重大なニュースをつかみ報道すること】(広辞苑)

 つまり、「特ダネ」、あるいは「スクープ」には「ニュースをさぐり出し」「つかみ報道する」という要件が付いている。とすると、発表ものやリークに基づく記事は、いくら大きなニュースの「特報」であっても、「特ダネ」とは言えないわけだ。
 言い換えれば、特ダネは、記者の独自取材による「調査報道」の成果でなければならない。現に、アメリカのピュリツァー賞が対象とするスクープは調査報道に限られている。「特報」、言い換えれば大きな独占記事に対して授賞する日本の新聞協会賞とは大きな違いがある。

 調査報道について、私は随分昔、こう書いている。
 「調査報道は、ニクソン大統領を辞任に追いつめたウォーターゲート事件の報道(1972年)で花開いた」「強制捜査権を持たないジャーナリストによる事件の徹底的な調査とその報道と言ってよいだろう」(「米国マスコミのジレンマと決断」ビジネス社刊、1986年)
 同時に、次のように釘を刺している―「客観的な風を装った発表依存型報道が是認されていたことに対する反省の意味も含まれている」
 ジャーナリストが目指す「特ダネ」「スクープ」の本質は変わっていないはずだ。初めに列記した一連のトップ記事は、いずれも「政府」側からリークされたり、提供されたりしたとみられても仕方のない「特報」であって、本当の意味での「特ダネ」とは言えないだろう。

 元ニューヨーク・タイムズ東京支局長・マーティン・ファクラー氏はこう言っている。
 「いまの政権が、日本のメディアにとって一つの転喚期になるかなとちょっと期待しています。なぜかというと、(メディアは)今までなかったような批判やプレッシャーを感じたりして試されているからです。倫理観、価値観、使命感を考え直す時代になった」
 「いま、米国ではトランブ大統領と闘っている『ニューヨーク・タイムズ』がデジタルだけで300万を超えました。紙を入れるともっと増える。黄金時代で、非常に調子がいいんですよ。やはり権力に過剰的に依存することは駄目で、記者会見で厳しい質問をぶつけたり、調査報道のような独立性の高い報道を積み重ねて、読者の信頼性を高めていくことが大切です」(「新聞労連」2019年1月1日号)

 願わくは、日本の新聞が「特ダネ!も 得だね!も」などと強調する「特ダネ」は、権力から漏らされる「特報」ではなく、権力が秘匿する重大な事実を、記者がえぐり出す調査報道の成果であって欲しい。それが期待される真のジャーナリズムではないだろうか。

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