【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭
ホタルの宿る森からのメッセージ 第16回「内戦の背後にある資源の呪い、しかし国立公園は死守」その3
▼戦火ふたたび
内戦の中、無事、森に残っていたコンゴ人学生のピックアップに成功したものの、まだ内戦が終わったわけではない。
ジョニイという男。屈強なコンゴ森林省職員。ヌアバレ・ンドキ国立公園の現地管理責任者を務める。曲がったことが嫌いで、責任感と任務遂行に献身的であり、かつ政治力、交渉力、話術にたけている。なにより森と野生生物をこよなく愛している。ンドキのような国立公園にはなくてはならない人物だ。ぼくらとともにわれわれのボマサ基地に滞在している。
しかしそのジョニイでさえ、内戦は苦しみをもたらすものであった。彼はボマサに単身赴任。家族は内戦の激化している首都に残してきている。家族への心配、内戦による国立公園への危機の高まり、それは彼の涙へと変わる。
一方ぼくは、WCSコンゴ共和国の責任者であるマイク・フェイの命を受け、オザラ国立公園ムアジェ・バイのパトロール隊へ支払うべき給料を携えて、ボマサから一路ムアジェへ向かうことになった。本来ならオザラ国立公園はECOFAC(ヨーロッパ共同体の保全組織)の管轄だが、オザラの白人スタッフは内戦のためにすでに国外脱出、彼らパトロール隊にお金を渡す術がないのだ。ぼくはかつて一度ムアジェを訪れたことのある者として、その重要な任務を託されたのだ。内戦中だからこそ、腹をすかした兵士は動物の多い国立公園内に向かいかねない。したがってパトロール隊への給与支給は必要不可欠である。
ヌアバレ・ンドキ国立公園の基地のあるボマサ村からボートにて、ウエッソという大きい町へボートで向かい、さらにウエッソで車をチャーター、悪路を半日かけて、ミエレクカという村に向かう。ここが、ムアジェ・バイへの入り口となる場所だ。そこから一泊二日の過程で徒歩にて、パトロール隊とともに他のパトロール隊のメンバーのいるバイへ向かう。
ンドキの森での長躯歩行をして以来、左足の膝の状態がよくないまま、ぼくはミエレクカ村からムアジェ・バイへの30kmの行程を歩く。道中コカ川を渡るところで、はるばるオザラ国立公園からやってきたパトロール隊4人のチームに遭遇する。ボモという村にあるオザラ国立公園事務所からムアジェまでは50km以上離れているのだ。内戦中という困難なときであるにもかかわらず、コンゴ人は国立公園を守るため尽力している。ぼくに同行しているミエレクカのパトロール隊とボマサから連れてきたマルセルだけではない。オザラから遠路来たパトロール隊、ンドキの北部方面のパトロールをしているマカオ村のパトロール隊も然り、多くの白人が内戦から退去していく中、コンゴ人ががんばっているではないか、何かとても感動的であった。
無事、ムアジェ・バイへの往復徒歩行路を終える。任務を終え、ミエレクカ村に戻り、村長の家に着くや否や、ウエッソの話が持ち上がる。ウエッソにコブラ(当時の反政府派の兵隊の総称)がやってきて、戦火が始まったと。全く何たること!これではウエッソに戻れないではないか。あーまた脱出か…。たちまち気持ちが重たくなる。
ついていない、としかいいようがない。内戦は首都に集中していたはずだ。ンドキやオザラのあるコンゴ共和国北部は平穏であった。しかしぼくがムアジェを訪れている間に、戦火は全国土に広がり、北部サンガ州の州都ウエッソは反政府軍ゲリラ(通称コブラ)によって陥落したらしい。ウエッソを通過しない限りぼくはボマサにもどれない。
長距離歩行のあとで汗だくであるにもかかわらず、水浴びもしないで、無線機にてボマサと交信を試みる。ジョニイはボマサからここ数日ぼくを呼んでくれていたという。ポーターたちへの支払いの領収書をつくっているうちに、ジョニイと無線にて話す。話をするだけで安堵する。なんとうれしいことか!
ジョニイによると、ウエッソは静まったというが、コブラがわれわれの利用しているウエッソの家を略奪したのは本当らしい。しかしウエッソは本当に大丈夫なのか。2日がかりでタラタラ(注:川沿いの大きな町;ここまで出て燃料さえ手に入ればボートでボマサまで2~3日で戻ることは可能)まで歩くか、明日のトラックでタラタラまで行くか。お金も乏しい。ウエッソは大丈夫だというジョニイからの無線情報を信用してウエッソへ向かう決意をする。ウエッソがしばしでも平穏であることを祈る。
そこへ、14時トラックの音。あれ、われわれのチャーターしたトヨタの車ではないか。別の用件でミエレクカ村に来たが、ついでに乗っていくか、と運転手はぼくに尋ねる。明日に伸ばしたところで、車が戻ってくる確実さはない。そこで一日早いが車に乗る決心をする。運転手は村々で獣肉を仕入れながらウエッソへ向かう。内戦でウエッソに集まってきたコブラの兵士の食糧用か?
その車にてそのままウエッソに入る。市街地へ入るところで検問。すでに反政府派の手に落ちているので、検問は自動小銃を持った反政府派の兵士コブラたちによるものだ。なぜか、すんなり車は検問所を通過する。運転手に聞くと、「俺もコブラだ」と。つまり、ぼくは何とコブラ兵士の運転する車に乗っていたのだ。もし別の運転手であったら検問所で何をされたか知れないと想像すると、めぐりあわせの運に思いをはせる。
ウエッソで夜を迎える。ぐったり疲れている。ときどききこえる銃声。戦火は収まっていないのだ。21時。銃声は続く。もう慣れっこになってくる。眠れないのは仕方ないが、いい加減にしてくれといいたい。しかし何と運の悪いことか。明日ウエッソの無線機のある場所まで行けるのか?仮にそれでボマサと交信しても、ボマサはウエッソまでボートを送れるのか?
ウエッソで唯一使用可能な無線機は空港の管制塔事務局ANACという場所にある。そこで知り合いに頼み、無線機を借りるしかない。ボマサにいるジョニイと交信するためだ。幸い、日中は銃撃戦がなく、ANACまで徒歩で何とか辿り着く。ジョニイはボートをあす送ってくれると確約してくれる。夜また銃撃戦の音が闇の向こうに聞こえる。ジョニイのことばを信じて明朝のボートを待つしかない
▼トモがいるから
翌日ぼくを迎えるボマサのボートが到着した。いま一時的にマイクはボマサ基地を離れている。その間、基地責任者としてリチャード・ルジェーロが来ていたのだ。リチャードはンドキの国立公園立ち上げ時に、マイクの右腕として活躍したアメリカ人だ。ボートから降りてリチャードはボマサの状況を説明する。ボマサはまだ安全だという。しかし首都ブラザビルが内戦で完全に荒廃、WCSプロジェクトのお金を銀行から引き出す手段もない。財政難であり、ほとんどの白人スタッフは引き上げることをマイクは決定したのだ、と。ぼくのムアジェ訪問の間に事態は急変していたのだ。
リチャードらとボマサに無事もどる。早速ジョニイが、マイクがぼくのことについて話した旨を聞かせてくれる。あるアメリカ人スタッフは内戦下でも是非ともプロジェクトに残りたいとマイクに陳情したが、マイクは「トモがいるから」と、ぼくにボマサのWCS基地および国立公園を任せることを決定したらしく、そのアメリカ人の申し出を断ったというのだ。なぜぼくが?きっとボマサにもやがてコブラが来るかもしれない。しかしボマサ基地に残りそこを死守することが与えられた任務ならば遂行しよう。そう決意する。
カボ(ウエッソからボマサに向かう途中にある伐採会社の基地で、われわれのボマサ基地から約30㎞の地点)にまもなくコブラが来るらしい。当然だなと思う。カボにくればボマサは近い。兵隊にとって、ボマサ基地は金、食料、物品などを略奪するにはもってこいの場所だ。しかし、スタッフ全員が離脱すれば完全に基地はやられてしまう。リチャードはギリギリまで基地での責任を果たし、まもなくボマサを去る。ぼくはどうするか。マイクに信頼されているのなら、果たすべきだ。何もやらずに帰国する方が悔いを残すだろう。なぜそこまでして?いやいや命を張ってもンドキを守る必要はある。個人的にも研究に始まり、長年お世話になってきた場所だからだ。そして何よりも、地球上でも類まれな生物多様性の宝庫であるヌアバレ・ンドキ国立公園は誰かが守り抜かなくてはいけない。
いよいよ緊張感は増す。翌日の午前中、雨が降る。その雨の中、ボマサ基地にて会議。次月以降の人員削減についてだ。内戦による資金難のためである。メンバーはリチャード+ジョニイ+エザイ(注:プロジェクトの人事係コンゴ人)。しかし次回の送金方法がむずかしいという。それは間もなくカメルーン経由でボマサを去るリチャードらがなんとかするらしい。
マイクへ衛星電話をしたリチャードは、いまマイクが隣国ガボンの首都リーブルビルで実施されているコンゴの内戦に関する停戦会議にてボマサとンドキの現状を報告した上に、いざというときは、アメリカ大使館が合衆国首都ワシントンDCに通達し、キンシャサの米軍が、ボマサまで戦闘ヘリを飛ばすという。すごい、アメリカは!日本は決してこんなことはしない。ぼくがガボンでの日本大使にまさに言われたように、「早く退避しなさい」というに決まっている。リチャードはさらに、カメルーンの在米大使へ電話した。緊急時はつねに合衆国ワシントンDCへ情報が行くという。それほど、ボマサ基地とンドキの国立公園を死守することは危急なのだ。
今日はボマサにコブラは来ず。明日、車を森の中に隠し、食料一部もンドキ・キャンプに運ぶべきだ、とぼくはジョニイに提案する。コブラ襲来による略奪に備えるためである。 (続く)
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