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【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑

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第66回 クラシック音楽の問題点(17)「コンサート回顧2018」

寄稿:谷戸 基岩

2019年4月5日

 年度末になり3月15日の締切りを前に確定申告のために領収書の整理をしていると、昨年出かけたコンサートの思い出が甦ってくる。一昨年、昨年同様、私の一年のコンサート通いを振り返ってみよう。幸いなことに無事に「ベストテン」を書く条件として自分に課しているノルマ(「2017回顧」参照)の240公演を楽々クリアしていた。

●谷戸基岩のコンサート・ベストテン2018

「音楽の友」誌で2015年分まで記してきた記事との継続性維持のため、対象期間は2017年12月1日~2018年11月30日と設定した。

〔谷戸基岩の基本データ〕
★通ったコンサート数:300
★主に聴いたジャンル:室内楽、器楽(特にピアノとハープ)、古楽、現代音楽
★こだわって聴いているポイント(その理由については「2017回顧」参照)
 ①邦人アーティスト
 ②知られざる作品(特にロマン派~近代)の探求
 ③優れた才能を持ったアーティストの発掘、確認

♪自然の響き・・・〔常軌を逸したカプリッチョ(ファリーナ)、ヴァイオリン協奏曲集《四季》(ヴィヴァルディ)、ほか/アンサンブル・リクレアツィオン・ダルカディア、丸山韶(ヴィオラ)ほか
〔1月6日 浦安音楽ホール〕
 初期バロックの怪作ファリーナ「常軌を逸したカプリッチョ」が聴けるというので出かけた。しかしそれ以上に圧倒されたのがヴィヴァルディの《四季》。1990年代のイタリアのアーティスト達による過激な解釈によりもうこれ以上の進展はないかと思っていたが、《春》第2楽章における丸山による犬の吠え声の描写から圧倒された。これは世界に向けて録音する価値があるのではないか。足立優司による曲目解説も懇切丁寧で秀逸!

♪深沢亮子ピアノ・リサイタル~デビュー65周年記念、弦楽器とともに/岩田恵子(ヴァイオリン)、安達真理(ヴィオラ)、木越洋(チェロ)、黒木岩寿(コントラバス)
〔5月19日 東京文化会館(小)〕
 正にその人柄と音楽性を表象するリサイタルだった。シューベルト「ピアノ五重奏曲《鱒》」における他の奏者たちの深沢への篤い信頼感が真剣で密なアンサンブルを実現していた。と同時に、この曲では低音楽器の役割がとても重要なのだという事を改めて実感させられた。深沢との共演の中で室内楽奏者としての安達が熟成しているのも嬉しい。

♪佐藤久成ヴァイオリン・リサイタル~宇野功芳メモリアル/岡田将(ピアノ)
〔5月25日 サントリーホール(大)〕
 佐藤の才能に惚れ込みその活動を支援し続けた音楽評論家宇野功芳氏を追悼するコンサート。私もプログラムに期待の一文を記したが、大ホールなので少し心配だった。けれども演奏が始まると不安は霧散。3割の人からは熱狂的に支持されるそんな破天荒な、個性的な演奏をこのリサイタルでも展開した。「こんな演奏大嫌い」という人がいても結構。コンセンサスなどはどうでもいい。聴き手の心に響くものを伝えて欲しいのだ。

♪6人のメゾソプラノたち/鈴木涼子、但馬由香、立川かずさ、鳥木弥生、福間章子、松浦麗(メゾソプラノ)、所谷直生(テノール)、瀧田亮子(ピアノ)
〔6月15日 豊洲シビックセンターホール〕
 「メゾソプラノ地位向上委員会」の創設メンバー6人による抱腹絶倒の公演。後半の「歌劇《カルメン》6mezzo版」(演出:太田麻衣子)でドン・ホセが刺殺しても次々と甦る「フィナーレ」が最高だった。カルメンはどんどん入れ替わるからいいがこの場面を延々と歌い・演じ続ける所谷が実に見事。福間のユーモラスな影アナから始まり、最後まで大いに楽しませてくれた。ぜひシリーズ化を!

♪EXCITING ENSEMBLE 若手音楽家育成応援プロジェクト第10回(最終回) ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第1-5番/金木博幸(チェロ)、五味田恵理子、稲生亜沙紀、實川風、岸美奈子、正住真智子(ピアノ)
〔6月19日 カワイ表参道 コンサートサロン パウゼ〕
 金木のプロデュースで5年間にわたり続いてきた若手ピアニストに室内楽の奥義を伝授するためのコンサート・シリーズ。毎回実力派ピアニストが登場し楽しみだったが残念ながら最後となった。今回はチェロ・ソナタのピアノ・パートを各人1曲づつ担当。室内楽演奏現場での音の響かせ方に関する指導が徹底しているためか、聴き易いアンサンブルが多かった。また金木による自らの経験を語る含蓄のあるトークも楽しみだっただけに終了は残念。シリーズ復活を望みたい。

♪モーツァルト音のパレット第1回 菊池洋子ピアノ・リサイタル
〔6月30日 兵庫県立芸術文化センター大ホール〕
 しばらく聴いていなかったが「ソナタ変ロ長調K.333」のような天性のモーツァルト弾きにしか似合わない曲(もうひとつは「ソナタハ長調K.330」だが今回は聴けず・・・)もしっかりツボにはまっていた。10月6日前橋市民文化会館大ホールでのリサイタルも聴いたが、今モーツァルトを聴きたい日本人ピアニストは、やはり岸本雅美、前田拓郎と菊池洋子の3人ではないかと改めて実感した。

♪有森博&長瀬賢弘ピアノデュオシリーズ〔アレンスキー:組曲第1-5番〕
〔7月31日 カワイ表参道コンサートサロン パウゼ〕
 自分で主催しなくてもこんな志の高いコンサートが聴けるとは! 7月24日にいわきアリオスでの公演も予約していたが体調不良で行けず残念だった。アレンスキーの組曲に関してCDはある程度の数はあるものの、実演では第1番が比較的取り上げられるだけで、第3~5番はまったくと言っていいほど演奏されない。それだけにこの作曲家のファンとして心から感謝したい。奇を衒わず、楷書体のしっかりした演奏だった。

♪ピアノ・サロン・コンサート~ノスタルジー巴里/三舩優子(ピアノ)、フィリップ・エマール(パントマイム)〔9月7日 横浜みなとみらいホール(大)〕
 彼らの公演は「せんくら」の小さな会場でのものに接していたが、正直に言って大ホールで大丈夫だろうかと心配していた。しかしサティ「スポーツと気晴らし」はユーモアを頭ではなく音楽として実感させてくれ見事だった。アンコールでの「愛の賛歌」は言葉が実に明瞭なシャンソンに仕上がっていて最高だった。

♪アンサンブル・ノマド第64回定期演奏会「ラインダート・ファン・ヴァウデンベルク:オペラ《出島》~シーボルトの愛」/藤木大地(カウンターテナー)、天羽明惠(ソプラノ)、ヤン・ヴィレム・バリエット(バリトン)、佐藤紀雄指揮アンサンブル・ノマド、ほか
〔10月25日 東京オペラシティ リサイタルホール〕
 オランダ語(字幕付)と日本語のミックスされた演奏会形式の上演だったが違和感は無く、強く心に訴えかけた作品だった。海で遭難したところをシーボルトに助けられ彼の助手となったものの、初恋の相手お滝が彼の妻となったことへの嫉妬に苛まれる勘太。その複雑な胸のうちを藤木が実に表情豊かに歌っていた。またアンサンブルにおける笙などの和楽器の使用が実に効果的で印象深かった。

♪川口成彦 フォルテピアノリサイタル~シューベルトを讃えて~
〔11月14日 北とぴあ つつじホール〕
 グレーバー1820年製作楽器による演奏だったが、シューベルトだけでなくブゾーニ、リスト、ゴドフスキー、プーランクらによるこの作曲家へのオマージュ作品も含めた川口らしい凝ったプログラミング。音色を変えることへのこだわり、作品に対する自分の直感をストレートに語れる個性、幅広い知識をベースにしたトーク・・・これまでに無かった魅力的なフォルテピアノ奏者の今後に大いに期待したい。

以下、この期間のコンサート通いで感じたこと

●海外で着実に成長を続けるピアニストたち
 ほかの楽器はともかくピアニストだけは優秀な人材を何百人でも何千人でも識っていたいというのが私の本音。なぜならソロであれアンサンブルであれ、ピアノは自分で主催するコンサートに欠かせない楽器であり、なおかつピアニストがコンサートを台無しにしてしまうケースにしばしば遭遇もしているからだ。だからピアニストには他の楽器の奏者以上に注目している。現在海外に留学中で久しぶりに聴いた二人について記したい。
 まずはベルリン芸術大学修士課程で研鑽を積んでいる齊藤一也。8月30日横浜みなとみらいホール(大)での「音楽と舞踊の小品集 空 空気 光」では神奈川フィルの二人の弦楽器奏者たちとともにまさに「空気」をしっかり感じつつ舞踏家たちとの実に見事なコラボレーションを実現。9月22日キングズウェルホール(山梨県、甲斐市)におけるリサイタルでも、前半はソロ、後半は鈴木舞のヴァイオリンとの共演だったが、しっかりしたヴィジョンを持ったぶれない演奏はソロにもアンサンブルにも共通していた。
 もう一人はエッセン芸術大学で学んでいる栗田奈々子。かれこれ10年近く前から折に触れて聴いていたが、今回久しぶりに帰国し、7月14日所沢市民文化センター「ミューズ」アークホールで石川和紀指揮メルクルディ・フィルハーモニー管弦楽団とグリーグのピアノ協奏曲を演奏した。良く考え抜かれたフレージングとともに表面的にならない落ち着いた演奏ぶり(特にカデンツァ)が見事だった。その後9月に、マイニンゲンで催されたハンス・フォン・ビューロー国際ピアノ・コンクールで優勝したのも納得させられるグリーグだった。今後の活躍にも大いに期待したい。

●小林緑による男女共同参画のコンサートについて
 自分の妻だから身びいきの発言と誤解されるかもしれないが、敢えて記そう。2014年から5年間にわたり各地の男女共同参画推進団体等の要請に基いて小林緑が企画しているレクチャー・コンサート・シリーズがこの期間に3公演あった。
♪歴史に埋もれたままのクラシックの女性作曲家たち/枝並雅子(ソプラノ)、山口裕子(ピアノ)〔2月18日 目黒区緑が丘文化会館別館 音楽室〕
♪心揺さぶる珠玉の音色~知られざる女性作曲家の世界/佐藤久成(ヴァイオリン)、江口心一(チェロ)、佐野隆哉(ピアノ)〔9月30日 台東区生涯学習センター ミレニアムホール〕
♪音を紡ぐ女たち~女性作曲家を知り、聴く(第4回)/エミィ轟シュワルツ、正住真智子、弘中佑子、山口裕子(ピアノ)〔10月28日 東京ウィメンズプラザ・ホール〕
 女性作曲家のことも忘れずにやっていますとばかりにクララ・ヴィーク=シューマンを取り上げてお茶を濁すといった志の低い企画ではなく、今日一般的に知られていない、演奏されていない多様な女性作曲家たちの魅力的な作品を取りあげ、その歴史的な背景(生前における男女差別、意図的な歴史からの排除)を提示していた。世に言う「フェミニスト」たちでさえもクラシック音楽の話題になると急に超保守化し男女差別の問題とは無縁の世界であるかのように思い込んでいる現状だからこそ、大いなる怒りとともに小林は熱弁を揮う。有名無名を問わず、優れた日本の音楽家たちと埋もれてしまっている女性作曲家たちの作品の出会いの場を提供し続ける小林。私の主宰する「知られざる作品を広める会」のコンサートとして、「音を紡ぐ女たち」第4回の拡大版「女性作曲家ピアノ曲マラソン・コンサート」を8月8日(木)午後と夜の2公演で杉並公会堂小ホールにて開催予定。乞うご期待。

●コンサートで地方に行って感じる車社会の不便さ
 この期間も少なからず地方の公演を聴きに行ったが、最寄りの鉄道の駅から徒歩で20~30分、あるいはそれ以上という会場が少なくない。駐車場はあり、お客さんはマイカーで来るから問題ないということなのかもしれない。つい最近も最寄りの鉄道駅から会場まで徒歩で50分以上かかるというので「バスの便は」と尋ねたら「無いです。ここは車社会ですから」と開き直られてびっくりした。しかし余計なお世話かもしれないが、クラシック音楽ファンには高齢者が多く、また高齢者による自動車事故が話題になることが多いという現実を考え合わせると少し心配になる。国が半世紀以上も自動車産業界の意向を忖度ばかりしてきたことのツケを払うのは地方に住む団塊世代の人々なのかもしれない。ある程度自家用車を規制して、公共交通機関であるバスの運行本数、利便性を確保することに国はもっと関与してくるべきだったのではないか。もうひとつ問題は鉄道の駅前が寂れていて、近くに飲食するような施設が無いケースが多く、実に不便だということ。近くの駐車場が完備したショッピング・モールを探し、そこのイート・インで食べることで我慢するしかないような状況に日本の食文化の衰退、貧しさを感じる。やはり私のような「車社会難民」は地方には住むな、行くなということなのか・・・

●メールだけによるチケット予約・販売の問題点
 最近、ぴあなどで取り扱われない小規模な会場でのコンサートのチケットを買う事が多い。するとチラシや「ぶらあぼ」などでの申し込み先が個人のメール・アドレスだけになっているというケースが少なくない。実はこれが大変曲者なのだ。主催者にはメールはお互いに何の問題もなく送受信できるという楽観があるのかもしれないが、そうではないのだ。プロバイダー同士の相性の悪さなどから送れない、迷惑メールに振り分けられてしまい届かないといったケースがしばしば起こる。こうした最悪な事態を想定して、主催者と直に連絡の取れる電話番号などの記載が必要になるのではないか。主催者は迷惑電話対策も考えつつ、電話が都合の悪い時にかかって来て鬱陶しい場合には留守電設定にしておいてまとめて対応するようにすれば良い。小規模コンサートを企画する方々には「確かに申し込んだ」、「いえ受け取っていません」というトラブルを防止するためにも是非ご検討いただきたい。

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