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【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照

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(60)幻想としての “ヨーロッパ合衆国” とEUの将来

2019年5月9日

英国のEU離脱問題(ブレグジット)の帰趨は、いまだに決着がつかない。
4月11日、欧州連合(EU) はイギリスの離脱期限を10月31日に再延長した。
さらに12日には、「ブレグジット党」が立ち上げられ、イギリス中部コベントリーで決起集会がひらかれた。

伝統的に世界の政治・軍事と密接な関係をもっているイギリス王室であり、したがってイギリス首相と(極秘の)密接な会談もっているとされるエリザベス女王は離脱問題を、いかに考えていたのか、そして現在、いかに考えているのか。

離脱問題を契機にして、これまで落ち着きを示していた北アイルランドが再び問題化するかもしれず、イギリス、すなわち正式国名「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」は、“1688年の名誉革命以来過去300年間で、我が国を悩ます最大の政治的かつ憲政上の危機”に直面している。”(1)

そもそも一国の命運に関わる国家的決断を、なぜ国民投票にゆだねたのか。
宰相が ブレグジットの是非を国民に問うのは正しかったのか。
歴代の宰相は EU 加盟の是非について、どのような見通しがあったのか。
そして立憲君主制のイギリス王室は、いかに対処しているのか。

しかし、この離脱問題は、EUの成立がなければ起こりえなかったことであるから、 欧州連合(EU) の成立の以前、第二次世界大戦の頃のイギリスの状況から考えてみたい。

                  ***

ヨーロッパを考える時、奇妙な気分におそわれてしまうのは、世界の「近代化」を進め、世界的な思想家を生み出して自由・民主主義・法治の遵守を掲げるヨーロッパが、なぜ戦争ばかりしてきたのかということだ。

世界最大の約14億人の人口をかかえ多民族国家とはいえ中国語で統一されている中国、
言語と民族構成は複雑だが大方ヒンズー教を信奉している人口約13億人のインド、
人口約3億人余ので英語で言語が統一されている移民国家のアメリカは、それぞれ一国家を保っている。
一方人口5億人余、24カ国の言語を話す28カ国(2018年12月時点)からなるEU加盟国の地域は戦争につぐ戦争を重ねて来た地域である。

ヨーロッパ内での戦争ならばともかくも、大航海時代を経て、非西欧諸国の植民地化を世界的に拡大し、1000万人余の兵士が戦死、2100万人余の戦闘負傷者をもたらしたといわれるのが欧州戦争(第一次世界大戦)であった。

次いで、スペイン内戦を発火点として拡大した戦域は、ファシズムと共産革命というイデオロギーを内包して第二次世界大戦に発展し、世界中を巻き添えにして、兵士と民間人を合わせて少なくとも約5000万人といわれる死者をもたらした。

そのようなヨーロッパ人が、アングロサクソン系の西欧人が、とりわけ拡大的・攻勢的情念の発達したアメリカ人の一部の勢力が、政府または NGO などの形をとって組織的に、“信教の自由と人権” とを発展途上の諸外国の伝統と慣習に配慮することなく押し付けてくる正当性を、いかに理解したらよいのか。
(セシル・ローズの風刺画)カイロとケープタウンに両足を置きアフリカ大陸を制覇している(ウィキペディア)

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古代ドイツ民族に起源をもつアングロ・サクソン民族が主導して成立した “父国” イギリスは、“祖国”の欧州大陸とは常に一歩距離を置きつつも、アメリカという WASP の情念をもつ “反抗的息子” を生み出した国でもあるから、アメリカとは常に微妙な父子の愛憎関係をもって振る舞ってきた実に奇妙な国である。

さらに地球上に広範な植民地政策を実施してきたイギリスは、事実上覇権的西欧の代表として、世界の情報空間を英語化し、世界の法治と文化的価値基準を主導してきた国でもある。

そのような複雑な歴史体験をもつイギリスで、EU成立に先立つ EC や EEC 以前に、“ヨーロッパ合衆国(the United States of Europe )” の構想について言及した人物がいた。
彼の父親は、イギリス領インド帝国の植民地に勤務してアヘンの管理に関わり、彼自身もビルマ(現ミャンマー)で警察官として現地人を管理していた。

やがて彼は大英帝国の植民地政策を徹底的に批判するようになり、さらに西欧政治情念の最深の暗部を暗示的に表現した作品「ヨーロッパ最後の人間(The Last Man in Europe)」を構想した。

不気味な無機質の倒錯した世界を暗示した小説は、執筆完成の年1948年の最後の二桁を逆さにした『1984年』をタイトルとして出版された。彼は1950年、46歳で病死した。

彼の名はエリック・ブレア、筆名ジョージ・オーウェルである。

彼は socialism にもとづく“ヨーロッパ合衆国”について考えていた。
因に彼は socialism の擁護者であるが、彼の言う socialism とは、一般市民主体の公平性を主調とした議会制民主主義の社会体制であって、共産主義やファシズムの反対の極にある。日本語の「社会主義」ともそぐわない概念だろう。

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1947年、‘Toward European Unity(Partisan review, July – August) ’ という評論で、彼は “ヨーロッパ合衆国” を構想しながら、その成立を困難にする4つの障害を提示していた。
以下、彼の見解の概略を紹介する。

1. <ロシアの敵愾心・・・ロシアは自分の思うようにならない、いかなる欧州連合に対しても敵愾心をいだかざるをえない。そこで見せかけと実際の双方でロシアが、予防戦をおこなう危険、弱小国の組織的支配、いたるところで共産党が破壊工作をすること、などが考えられる。とりわけ危険なのは、欧州の大衆がロシア神話を信じつづけることである。>

「大衆がロシア神話を信じつづける」は、わかりにくいかもしれないが、当時、イギリスの多くのエリートたちが賛同者となり、一部はスパイとなって共産主義のソ連に引かれていた事実を考える必要がある。

2. <アメリカの敵愾心・・・アメリカが資本主義を維持し、輸出市場を必要とするならば、“社会主義的欧州”( a Socialist Europe )を友好の眼差しでみることはできない。
イギリスは1940年以来、ほとんどアメリカの属国となる犠牲を払ってまで、アメリカの圧力を借りて、ヨーロッパの独裁者たちに反抗してきた。イギリスがアメリカから自由になれるのは、独自のヨーロッパ勢力となる試みを捨てることによってである。英語圏の自治領、植民地の保護領、そしてイギリスの石油の供給は、すべてアメリカの人質となっている。
アメリカは、いかなるヨーロッパの連携をも、イギリスをそこから引き抜くことによって破綻させる危険がつねにある。>

アングロサクソンの政治情念を共有するイギリス政界は、したたかな実力をもってアメリカの政治情念には屈していないような認識があるかもしれないが、1944年当時でさえ、アメリカ大統領・ルーズベルトはチャーチル首相に脅迫的電報を送っており、首相側近の日記(1944年11月25日付)には、“アメリカは強硬であり、脅迫的でさえある”との感想を記し、当時イギリスが食肉を輸入していたアルゼンチンにたいしてアメリカが経済制裁を加えようとしていることにも触れている。(2)

トランプ大統領の行動を観ていれば、アメリカは世界の警察官をやめたりはしていないどころかアメリカ警察官として強引に外国の法治体制にも介入しているかのようだ。

トランプ大統領が、ファーウェイの件でカナダ政府に圧力をかけたり、イギリス政府のメイ首相に強硬な指示をだしてエクアドル大使館に居住しているウィキリークスのアサンジ氏を逮捕させたりした可能性はないのだろうか。

そのようなアメリカの敵愾心が、イギリスが参加したヨーロッパ連合の成立を快く思うはずもなく、ましてやアメリカドルの主導権に挑戦するかのようなユーロの導入を歓迎するはずもないだろう。

3. <帝国主義・・・ヨーロッパ人、特にイギリス人は、その高い生活水準を、直接にせよ間接にせよ有色人種の搾取に長い間負ってきている。ヨーロッパ諸国は、真の socialism を国内で確立しようとするならば、外国における搾取者を止めなければならない。
もし、ヨーロッパ合衆国が自足的で、かつロシアとアメリカの双方に対して自身の立場を保つことができるためには、それはアフリカと中東を包括しなければならない。>

オーウェルの所論はあまりに飛躍した発想のようであるが、正論である。
理想的には、イギリスは償いの意味もこめてかっての植民地であるアフリカと中東に対して友好の手をさしのべるべきであった。それをしなかったから、現在アフリカには100万人の中国人が働き、ケニアだけでも10万人の中国人が働いている状況になっている。

中国人は、植民地主義の欧米人のような法治を装った狡猾的な原住民支配の振る舞いはできないから、アフリカで働く中国人が原住民との間で様々な問題を起していることが指摘されるが、かってのヨーロッパ人たちのように原住民の伝統を無視して宗教的改宗を迫ったり、部族間の対立を陰で工作して虐殺したり、文字のない原住民に英語またはフランス語を強制して不当な契約書に署名させたりしているわけではないだろう。

4. <カトリック教会・・・カトリック教会は、あらゆる努力をなしてヨーロッパの統合を目指すいかなる運動をもとらえて、それを無力化するだろう。この教会の危険なことは、通常の意味における反動ではないことである。それは自由放任の資本主義とも、現存する階級制度とも結びついていないし、だから必ずしもそれらと共に亡びてゆくこともない。それは社会主義と完全に折り合いをつけることもできるし、そのように見せかけることもできるが、すべての前提は、ただ教会の地位が安全に確保されることだ。もし教会が強固な組織体として存続が是認されれば、真の socialism の確立は不可能であろう。>

オーウェルのカトリック教会批判はかなり辛辣で、西欧キリスト教社会での生活体験の乏しい、特に宗教を敬遠しているような日本の知識人たちには奇異に聞こえるかもしれない。
   
以上、オーウェルの言うヨーロッパ合衆国成立を阻む4つの障害について概略したが、彼の解説は、通常の政治評論家の発想を超えて、ニュアンスに富んだものである。時代状況に制約されて現代では通用しない認識もみられるかもしれないが、EU自体の脆弱性と現在進行中のブレグジット問題に連続している問題提起ではないのか。

オーウェルの所見によれば、安定した国家組織としての “ヨーロッパ合衆国” の実現性は今後も、ほとんどないといってよいし、イギリスの関わらないEUが、今後も安定した統合を維持する可能性も期待できない。

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先に、エリザベス女王とイギリス首相の会合について触れたが、EUとブレグジットの問題の根底にあるのは、“連合王国としての国民国家” の存続の問題に帰着する。

欧州連合の政府に相当する「欧州委員会」の職員は3万人を超えるEU官僚であるが、彼らを「ネオ・リベラルのエリート」と見做す意見もある。

官僚と言えば自らが属する国民と国家に奉仕する公僕であるはずだが、EU官僚の公僕性とはいかなるものか。
彼らは奇妙な性格の公務員ではないか。 EUなる理念的組織に郷土愛をもっているわけではなく、彼らに組織維持自体を目的化する傾向が生まれたとしても不思議ではない。

そのようなEU官僚たちに運営されている欧州連合に、各国の国民が深い信頼を寄せることができないとしても当然である。

イギリス国民が国民国家の自覚を強くもてば、ブレグジットは現実のものとなり、イギリスがEUに参加したこと自体がイギリス国民と他のEU加盟国の国民にトラウマを与えることになるかもしれない。
ブレグジットは、特に東欧諸国の国情を不安定化させるだろう。
そして、軍事大国のアメリカがブレグジットを好ましいと考えるとすれば、そう考えること自体が世界を不安定化させる可能性がでてくる。

つまりオーウェルが指摘する(1)ロシアの敵愾心と(2)アメリカの敵愾心は現在も生き続けており、(3)の帝国主義の克服を失敗したことも事実であり、(4)のカトリック教会も179カ国に外交使節を派遣している特異な独立した宗教国家の存続を第一義に考えるのは当然だろう。

そのような状況が生み出す不安定感が現在、各国国民に危機感をもたらして、様々な右派の台頭を生み出し、奇妙なことにロシアとアメリカの右翼の連携現象まで起きている。(3)

さら欧米とその旧植民地における一般大衆の不安と不満は、やりきれない解決のはけ口を宗教対立に求める動きになりかねない。
事実トランプ大統領の施政は、イスラエルのアメリカ大使館をエルサレムに移すなど、ユダヤ・キリスト教 VS イスラム世界の大きな対立を世界各地で起しかねない宗教性を帯びている。そのような大きな宗教対立の枠組みの中で、従来のユダヤ教 VS キリスト教の対立は依然としてくすぶり続けている。

そして4月12日現在、 ブレグジットの現状についてオランダのルッテ首相は「私はこれが最後の延期と期待している。10月31日に英国は離脱案に合意するか、ブレグジットを撤回するか、合意なしで離脱するか決めなければならない」(4)と強調しているから、ブレグジットは決着はまったく流動的といわざるをえない。

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オーウェルの1944年の認識によれば、 the United States of Europe は幻想であろう。
ましてや祖国愛や身近な市民を守る強い意識を期待できない官僚から構成されているEUの信頼性については、危惧せざるを得ない。

最後に、ブレグジットはイギリス王室やその周辺の保守派に支持されて大衆紙を通して独立が呼びかけられたと言う見方がある。(5)
もしそうであれば、かろうじてメイ首相が、ハムレットのような高度の緊張に耐え得ているのは、イギリス王室の支持があるのかもしれない。

ちなみにオーウェルを、反権力、反体制知識人の陰の教祖のように理解または誤解している人々がいるが、オーウェルは、骨の髄までイングランドを愛する郷土愛の持ち主であり、ものごとを観念的に論じあって民情に理解の薄い西欧のエリート知識人や、今日のグローバリストに対しては厳しい批判者である。

(2019/04/14 記)

(1) GreenwichTime: With Brexit, Britain is in crisis and not for the first time; Pan Pylas, Associated Press Updated 9:56 am EDT, Friday, April 5, 2019.
LONDON (AP) ― Few would argue that Britain is in what is often referred to as a bit of a pickle. … Anthony Seldon, the historian and the vice chancellor
of the University of Buckingham, calls it the “biggest political and constitutional crisis” to afflict the country in 300 years ― since the Glorious Revolution of
1688 when King James II was replaced by the joint monarchy of King William III and Queen Mary II.
(2) John Colville: THE FRINGES OF POWER 10 DOWNING STREET DIARIES 1939 – 1955; 1985. … Saturday, November 25th. a letter containing a
telegram from the President about civil aviation. It was pure blackmail, threatening that if we did not give way to certain unreasonable American demands,
their attitude about Lease-Lend supplies would damage. … The Americans are also being tough, and eve threatening, about a number of other things and
the P.M. is disturbed at having to oppose them over so many issues. … there is a sharp wrangle about our imports of Argentine meat, the American being
anxious to bring economic pressure on the Argentine. …(p.528).
(3) Bill Gertz: Russian Group Offered Paramilitary Training to U.S. Neo-Nazis; FBI spied on contacts between Russian nationalists and Charlottesville rally
organizers.The Washington Free Beacon; April 5, 2019.
(4) 焦点:英EU離脱、早くもささやかれる3回目の延期シナリオ;Gabriela Baczynsk[ブリュッセル11日 ロイター];April 12, 2019。
(5) Thierry Myelin: 27 YEARS AFTER THE FALL OF THE BERLIN WALL;The Brexit reshuffles world geopolitics; VOLTAIRE NETWORK | DAMASCUS
(SYRIA) | 28 JUNE 2016. … The Brexit campaign was largely supported by the Gentry and Buckingham Palace, who mobilised the popular Press to call for a return to independence. …

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