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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ第17回 「内戦の背後にある資源の呪い、しかし国立公園は死守・その4」

2014年10月2日

▼コブラ来訪

コブラ(前出:当時の反政府軍の兵士の総称)の襲来に備えてはいるが、緊張感は日ごと募ってくる。いつ略奪兵がこの基地を襲いに来るかわからない。基地のあるボマサまでの道路は完全に封鎖しているので、来る可能性があるとしたら、サンガ川を遡るボートだ。ボートのモーター音が聞こえたら用心だ。コブラを乗せたボートである可能性があるからだ。そのためとくに夜は基地の夜警の人数を通常の一人から四人へと増強した。

WCSのンドキ・プロジェクトのもう一つの基地マカオ(国立公園北東端に位置する村)には、すでにコブラが到着したと無線機から情報が入る。その中心的存在がわれわれとかつて関係していたコンゴ共和国森林省のスタッフであったのだ。かつて金銭上の問題を起こしわれわれのプロジェクトから解雇されたのだが、この機に乗じてマカオのWCSプロジェクトを乗っ取ろうとしているらしい。こうした状況にマカオの村人は、無線機でボマサにいるジョニイに不平不満をいう。ジョニイは無駄なくきちんと彼らに説明する。決してこの森林省の男やコブラのいうことを信用してはいけないと。

そしてついに来るべき日がやってきた。ときに1997年9月3日である。15時ごろ水浴びを終えて服を着換えているときに、モーターの音を聞く。果たしてコブラ、ボマサに来る!カボ(前出:サンガ川沿いでボマサから約30㎞離れた伐採会社の基地)の警察長、コブラの部隊長、ほか2兵士というメンバー。態度は慇懃で予期していた以上に紳士的であったが、要するに彼らはわれわれをコントロールする、内戦の余波から守るためにきたというわけだ。

われわれは彼らにビールとタバコを振舞い、リチャード(前出:リチャード・ルジェーロ、ンドキの国立公園立ち上げ時に、マイクの右腕として活躍したアメリカ人で、この内戦中臨時にアメリカから渡航してきた)は要求に応じ、やむなく小額の現金を渡す。自動小銃を構える連中を前にして選択の余地はない。

振る舞った酒で酔った2兵士は双方絡みつく。お互い自動小銃で打ち合いを始めるのではないかと思えるくらいけんかを始めた。ぼくらは万が一の流れ弾に備えて、腰をかがめ、後方へ避難する。なんとか、部隊長がなだめすかしたのか、二人は落ち着き、30分の滞在で彼らは引き返す。彼らによれば、ウエッソに600人のコブラがいて、みな腹をすかして、金と酒とタバコに飢えているという。その証拠に、態度の悪かったこの2兵士は、かんかのあと基地の建物の中を物色し、リチャードの部屋からポケットカメラと、黄色いラジカセとウォークマンを盗んだ。もっとも重要な物品の一つである衛星電話。これは何かとたずねられたリチャードは機転を利かせて「計算機だ」と答え、兵士はそのことばを信用し取り上げることはしなかった。

内戦当時(2007年)に使用していたまるで計算機のような衛星電話©西原智昭

内戦当時(2007年)に使用していたまるで計算機のような衛星電話©西原智昭

1度目のコブラ訪問は大事には至らなかった。しかし万が一に備えた準備も始める。あわただしい。ボマサから徒歩2㎞の位置する国境に近い小さな村ボンクエに、緊急時の食糧などを詰めたザックをいくつかおいておく。そこから歩けばすぐに隣国中央アフリカ共和国なのだ。それをかついで森の中を走って逃げれば何日かは生き延びられる。同時にその村のすぐ横を流れる川の茂みにスピードボートを隠しておく。万が一の時、それに乗り、川沿いの隣国(対岸のカメルーンあるいは陸続きの中央アフリカ共和国)へ脱出すればよいのだ。

またボマサ基地にあった食糧や飲み物の予備はンドキ・キャンプの倉庫へ隠蔽・格納した。ンドキ・キャンプはボマサから30kmの距離にあり、車で1時間離れたところにある。トヨタの車も一台そのキャンプにおいてくる。その他重要な物資-パソコンや予備のボートのモーター、発電機、その他部品など-は、すでに中央アフリカ共和国のWWF基地に運び出し済みであった。いまや基地には不測の事態に備えて、必要最小限の物資しか残しておかなかったのである。

▼いかに現金を隠すか

しかし、ぼくとしばらくボマサの基地に残っていたリチャードもボマサを離れる時が来た。いざという場合に備え、リチャードは関係諸機関に手をうっておく。アメリカ軍の手配だ。しかし、彼もいなくなると、いかにも、心細い。

リチャードの出発日、ぼくは彼と共に、ボートにてサンガ川対岸のカメルーンの町まで行く。カメルーン側から届けられたわれわれWCSプロジェクト用の現金を受け取るためだ。リチャードがボマサを去るため、WCSプロジェクト関係者で白人はたったひとりとなったぼくがそのお金を預かったのだ。ぼくはその10㎏にも及ぶであろう札束の入った封筒を抱えながら、船頭と共にひとりボートにてボマサへの帰途を急ぐ。内戦のため、プロジェクトを最小限にするため、多くの人を一時的に解雇する。そのために必要なお金だ。なくすわけにはいかない。とられるわけにもいかない。もはや町の銀行は機能していない状況でこれに代わるお金を手に入れることは当面不可能なのだ。

ボートに乗っていると、ボマサにそう遠くない地点で、ボマサからやってきた別のボートに遭遇する。その船頭はボマサにいるジョニイからの伝言ということで、「今夜にもまたコブラがボマサに来るかもしれない。用心すべきだ」という。また「カボの警察署長もコブラにひどい目に会った」と。ぼくは大金を抱えているだけに、「これはまずいことになったな」と憂慮する。

やがてあたりは暗闇に近づいていく。おまけに大雨も降ってきた。札束が濡れないように、雨合羽で身体と共に雨水をよける。すさまじい嵐だ。風と雨のしずくで息も詰まりそうな中、ボートを進めた。そして川沿いの地元民の小さな釣り用キャンプでしばらく雨宿りをしていたころ、再度ボマサからボートが来る。「今夜はコブラはもう来ないだろう」と。また暗闇に中をボートでボマサ基地へ向かう。無事到着。幸い、コブラはボマサに来ていないことを確認する。

雨に濡れた冷たいからだもさておき、早速、札束をきちんとカウントし、必要な分を人事係に分配。残りの大量の札束を基地の中の当面の安全な場所へしまう。そして、やっとシャワーを浴び暖かい服を身につけ、夕飯にありつける。とりあえず、この日は何事もなかったが、まだ額の大きい残りのお金をもったまま一晩過ごさねばならない。一度入れ物に入れて土の中に埋めるが、思い直してやめる。そのかわり明朝森へ隠しに行こう、と思いつく。

こうして、ボマサ基地におけるぼくとジョニイだけの日々が始まった。

翌朝5時15分起き。6時前、ひとりでボマサ基地から徒歩で3㎞離れた場所にある小さな湖状の湿原に向かった。周りの人には湿原で動物の様子を見に行くとだけ告げた。通いなれているとはいえ、このときはすごく遠く感じる。だれにもあとをつけられていないことを確認しつつ、足早に森の中を歩く。ぼくは大量の現金をバックパックの中に持っていたからだ。そして目安にしていたシロアリ塚にできた大きな穴の中に、大きなタッパーに入れたお金を隠す。これで一安心だ。

コンゴ共和国中部のオワンドウという大きな町も反政府派の手によって陥落という情報が無線機に入る。ジョニイはこのニュースを聞くや否や、大泣きする。そこにジョニイの家族らがいるのだ。彼らに危険が迫っている可能性が高いのだ。

そしてその日の夜にはコブラが再びボマサに来る。2回目のコブラ来訪だ。彼らは、ボマサは国境の村でもあるし、要衝の地だという。反政府軍としてはここの安全を図りたい、またボマサのプロジェクトも守る、と。われわれはほぼ強制的に、コブラを数人、「警備隊」として雇うことになる。「安全のため」とはいえ、われわれのWCS基地は反政府ゲリラの監視下に置かれたということだ。

常駐するコブラ兵士。威嚇目的か、早速、村で自動小銃を何度も空砲させる。夜警が寝ていたので目覚まし替わりに発砲したという。しかし、空砲とはいえ、聞いていてあまり心地よい音ではない(続く)。

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