【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照
米中覇権攻防の実態 ― 文明の衝突か対話か?
「われわれはどこから来たのか? われわれはどこへ行くのか?
今日、この時代において、私は中国のために、このような歴史感覚を持つことを常に自らに言い聞かせている。・・・」(習近平・人民日報・2016年1月5日)
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10月19日夕方、BBC放送でブレグジット(英国のEU離脱)をめぐるイギリス国会での論戦を視聴しながら、シェークスピアの演劇のようだなあ、と感心していた。
時々議長が発する “オーダー、オーダー(静粛に、静粛に) ” というダミ声は、完璧なエリートの発話に裏づけられているからこそ、奇妙な演劇的効果を持って響くのだろう。
そして議場に参加の議員たちならすべてが誦んじているだろうマクベスの独白が思い出された。
「明日、そして明日、また明日が
毎日惨めな足取りで忍び寄ってくる。
歴史的時間の最後の記録の時まで。
そしてすべての過ぎ去った日々が
愚か者たちに、
埃だらけの死に至る道を、
照らし出している。・・・
人生は歩く影に過ぎない、惨めな役者だ・・・
一人の馬鹿者に語られた話だ、騒音と怒号に満ちて、
何の意味もないものだ・・・」
イギリスにおいて、愚か者たち (fools)や馬鹿者(an idiot) は、誰なのか?
中国国家主席・習近平と劇作家・シェークスピアとは立場と時代が違うから、歴史的時間感覚について異なるのは当然である。
では両者になんの繫がりもないのか。
習近平国家主席の歴史感覚とイギリス国会における与野党間の丁々発止の論戦を思い出しながら、現在も進行中の香港デモが、私の縁起的歴史感覚において連想されてきた。
その歴史的淵源は大英帝国によるアヘン戦争であり、一部のデモの主導者らにアメリカの一部の勢力の関与があるとの情報もネット上で公開されているが、縁起的には歴史的現象のすべては通時的と共時的に連動している。(本コラム「(58)米中激突の歴史的深層」参照)
オーウェルが、最も完成されたシェークスピアの作品と評価する「マクベス」の独白は、このような歴史的連想を私に喚起させる。
アングロ・サクソン的分断統治がさらに歴史的に進展して事実上、言わばアメリカ主導で多重分断統治化された東アジアにおける香港デモとの関わりにおいて、イギリス議会を超えて、いったい愚か者たちや馬鹿者は、誰なのか?
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私は本年15日から18日まで北京に滞在した。
15日、16日の両日に開催される「アジア文明対話大会」に参加するためである。
この対話大会は、2015年から進められてきた計画の結実であるが、47ヵ国、約2000人の代表が招かれたと言われる。
15日は各国代表が出席した式典と一般会議で、日本側の参加者は、明石康元国連事務次長、宮本雄二・元駐中国日本大使を含む日本の有識者や一部の宗教関係者などである。
いかにも中国らしい大がかりのイベントであり、日本から総計何人が、どのような形で参加したか全貌はわからないが、「アジア文明対話大会」の名のもとに、種々様々な展示、行事、会議などが行われた。
同日午後6時から「アジア文明対話大会カーニバル」を見学。国家体育場いわゆる「鳥の巣」が会場で、度肝を抜かれるような映像装置と3千人とも言われる出演者らが展開する集団演舞に驚嘆した。ジャッキーチェンも登場した。
習近平夫妻が演舞の途中から会場に姿を見せた。
早速、この大会について様々な記事が出た。それらの見出しと記事の一部は以下のとおり。
◯ 中国国家主席「中国は開かれた国」、米国を暗に批判か
2019年5月15日[北京15日 ロイター]Reuters Staff 1 分で読む
<先週、米中の貿易面での対立が一段と緊張感を増して以降、習主席が公の場で演説するのは今回が初めて。・・・
習氏は貿易戦争には直接言及しなかったが、中国の文明は他の文化から常に学び続ける「開かれたシステム」だと発言。「今日の中国は、中国だけの中国ではない。アジアの中国であり、世界の中国だ。中国は今後さらに開かれたスタンスで世界を受け入れていく」と述べた。・・・
アジア文明対話大会の開会式には、ギリシャ、スリランカ、シンガポールなどの政府首脳が出席した。>
事実を簡略に伝えた記事である。
◯ 文明の心は平等と包摂性にあり
本誌評論員 蘭辛珍 · 2019-05-16 · ソース:北京週報
<5月15日午前、アジア文明対話大会が北京で盛大に幕を開けた。・・・「アジア文明の交流・相互参考と運命共同体」をテーマに、アジア47カ国及び世界各地から訪れたゲストが一堂に会し、・・・習近平国家主席は開幕式に出席し、基調演説を行った。
「・・・人類社会にはさまざまな傲慢や偏見も存在しており、一部の人々は自らの文明が最も優れていると考え、「文明の衝突」に執着し、他の文明を否定したり、作り変えようとしたり、取って代わったりしようとして、ついには戦争や災難を引き起こした。目下、このような「文明の衝突」を吹聴する人々は依然として存在し、平和と発展という2つの世界の主流に破壊をもたらした。このような背景下におけるアジア文明対話大会の開催は極めて貴重なものとなっている。>
中国側の報道であるから中国の立場を主張するのは当然だろう。
◯ アジアの開放と包容を強調した習近平氏、韓国には二律背反的な態度
東亞日報 Posted May. 17, 2019 09:22, ・ Updated May. 17, 2019 09:22
<15日午前10時30分(現地時間)、中国北京の国家会議センターの2階。習近平中国国家主席と並んでアジア文明対話大会の開幕式に入った首脳は、アジアの国ではなく、ギリシャのプロコピス・パヴロプロス大統領だった。カンボジア、シンガポール、モンゴル首脳がその後だった。・・・
習主席は開幕式の基調演説で、「自分の文明が優越だと主張しながら、他の文明を改造、代替しようとすることは愚かなことだ」と米国を狙った。米国は中国を文明とイデオロギー面で戦う戦略的競争相手と規定する。貿易交渉の過程で、法律まで変えるべきだと主張しながら、構造改革を圧迫する米国が習主席の目には明らかな脅威に見えただろう。
西側の批判に直面した習主席が選んだのは、アジアの団結だった。彼は30分間の基調演説で、「アジア」を45回も取り上げながら、「アジアの運命共同体」を強調した。・・・
習主席は開幕基調講演で、「アジア諸国と映画、テレビ交流、観光促進計画を実施することを望んでいる」と述べた。偶然にも、そのすべては高高度ミサイル防衛システム(THAAD)の配置を理由に、3年以上韓国への制裁を維持する分野を取り上げたのだ。開放と包容の強調が二律背反であることを鮮明に示したことになる。・・・尹完準 >
東アジアでは、ある意味で北朝鮮より複雑な国際政治状況下にある韓国のジャーナリストの署名入りの解説だ。
以上の記事は15日の大会についてのマスコミの論評の一部である。
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16日には 北辰洲際酒店(INTERCONTINENTAL北京)で分科会が開かれた。
参加者はオブザーバーとスピーカーに分かれた代表国の出版放送関係者、有識者およびジャーナリストらである。
分科会はテーマ別に3部会にわかれ、中国人参加者は96名で、外国人参加者136名の国籍(所属)は以下のとおり。
アジェルバイジャン・アフガニスタン・アメリカ合衆国・アルゼンチン・アルバニア・イギリス・イスラエル・インド・インドネシア・エジプト・カザフスタン・カナダ・クウェイト・ケニア・韓国・カンボジア・シンガポール・スペイン・スリランカ・タイ・タジキスタン・ドイツ・ドバイ・ニュージーランド・日本・ネパール・パキスタン・バーレン・ハンガリー・バングラデシュ・バーレン・フィリッピン・フランス・ブラジル・ブルネイ・マレイシア・マケドニア・ミャンマー・モンゴール・ヨルダン・ラオス・ルーマニア・レバノン・ロシアなど。
その他、アセアン、欧州連合からの参加者もいた。
私は16日午後の分科会・第3部門で発表する機会を与えられたが、同部門のテーマは「未来を共有するアジア共同体 ( Asian Community with a Shared Future )」。
私は訪中前にレジメ(英文)の提出が求められたが、中国文明の瑕疵についての批判をも含むものだったから、内容の変更を求められるかと思ったが、そのような要請はされず、当日は用意した英語原稿を発表した。 (第3部会会場・前方はモデレーター席、左右がスピーカー席・筆者は右から3番目)
私の発表テーマは「A Universal Idea of the Belt and Road Initiative Beyond the Civilizational Conflicts between Pax Romana and Pax Sinica(ローマ文明秩序と中華文明秩序の衝突を超える一帯一路の理念)」。
本論に入る前に、私は仏教が専門であり国際政治や中国問題の専門家ではない、私の発表に期待しないように、と簡単な自己紹介をしてから思い付いて達磨大師の逸話を紹介した。
― 6世紀、南インドからはるばると、中国にやってきた仏教僧がいた。
ボーディ・ダルマ(達磨大師)だ。
彼は皇帝の武帝に呼ばれ、対面して問われた。
武帝「仏教を信じ寺を建てたら、どんな功徳が得られるのか?」
達磨大師「無功徳!」
後方のオブザーバー席にはキリスト教徒、イスラム教徒、ヒンズー教徒が参加していたはずだが、会場に笑いがおこった。
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翌日17日、希望者が募られて「アジアデジタル芸術展」と故宮博物院を見物したが、特に印象に残ったのは中国高速鉄道本社指令センターの光景だ。
中国全土から中央アジアを貫通して欧州までを一望する指令センターである。
(中国高速鉄道本社指令センター・筆者撮影)
路線の運行状況、各駅構内の乗客の流れ、高速鉄道沿線の風景が時事刻々映像で写し出されている。
「ユーラシアを制する者は世界を制する」とは地政学で言われることだが、一帯一路の夢の構想のもとに展開される中国の地球的な拡張に、世界の覇権大国アメリカの支配情念が深い懸念と敵愾心を抱くとしても無理もない。
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6月末、私はポーランド・グダニスク市に滞在して「連帯博物館」、「第二次世界大戦博物館」などを見学していた。
地元の人と話しながら現在、この国に漂っている右翼的な動向などを感じていた。
7月1日、ワルシャワに行き、久しぶりに旧市街の広場を散歩した。
観光客がそぞろ歩いている広場の中心に、香港の民主化を訴える中国人らしい三人の若者を見つけて、私はポーランド人の知人と少し離れて見ていた。すると、彼らは、なぜか展示物を急いでまとめてそそくさと立ち去っていった。
そこで、私の縁起的歴史感覚に、ポーランド・中央アジア・中国・香港、そして台湾が連動している情景が連想されてきた。
さらに、その情景にイスラエルとロシアが浮かび上がってきた。
そして、そのような連想の絵模様の裏地にはここかしこにアメリカが係わっているように見えた。
アメリカの背後には、欧州大陸とは常に一定の距離を保とうとするイギリスの影が深く係わっているようだった。
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「今日、この時代において、私は中国のために、このような歴史感覚を持つことを常に自らに言い聞かせている。・・・」と習近平氏は語った。
国家主席の言葉は綺麗事だと嫌中派の評論家は言うかもしれないが、キレイごとは全ての政治家の看板用語だ。
大西洋と太平洋に防御された軍事大国の大陸孤島・アメリカ合衆国は、建国の当初から、常に信教の自由と平等を標榜しながら、特に近年では偽旗作戦などを実施して諸外国に軍事介入してきた政体である。
トランプ大統領は、どのような文明観、歴史感覚、または未来に対する夢を持っているのだろうか。
それは、WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)の支配情念を進化させた「白人・アングロアメリカン・イスラエル・キリスト教」の混合的分断統治の支配情念なのだろうか。
しかしそのアメリカ自身が、現在、未曾有の国論と民情の分裂状況を呈しているようだ。
中国政治の共産党を中心とした古典的権力闘争に比較して、世界最大の軍事力を行使できる大統領の権力を奪い合うアメリカ政治の熾烈な闘争は、一方で自由と人権を標榜している国であるがゆえにケストラーのいう<真昼の暗黒>のようである。
しかし現在、日本人の一部は、
地政学や覇権的言論に左右されて歴史感覚を忘れ、
文明的縁起観から歴史を観ることを等閑しているのではないか。
大局的見識を失って、親米論、反中論、嫌韓論、保守派、リベラル派などに入り乱れ、
閉鎖的言語空間で右顧左眄しているのではないか。
東アジアに位置する<非覇権性の国体・和国日本>の文明的価値の世界史的意義を軽んじてはならない。
米中が文明的対立をしている世界状況において、愚か者たちは誰なのか、馬鹿者は、いったい誰なのか?
(2019.11.10 記)
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