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コロナ感染症と日本経済

寄稿:植草一秀 (政治経済学者)

2020年3月27日


人類とウイルスの戦い


 コロナウイルスによる感染症が世界を襲っている。地上最強の地位に上り詰めた人類にとって、唯一の天敵が病原性の微生物=ウイルスであると『感染症の世界史』の著者石弘之氏は指摘する。人類の歴史は20万年だが、微生物は40億年を生き抜いてきた。その人類は20万年の間、多くの病原体と戦い続けてきた。

 その天敵のひとつがコロナウイルス。石氏によると、コロナウイルスが最初に発見されたのは60年ほど前だが、遺伝子の変異から先祖を探ると共通祖先は紀元前8000年ごろに出現し、コウモリや鳥などさまざまな動物の体に潜りこんで子孫を残してきたという。

 コロナウイルスの仲間による感染症としては、ヒトに感染してカゼの症状を引き起こす 4 種類と、新型コロナウイルスのように動物を経由して重症肺炎の原因になる 2 種類の計 6 種が知られている。そのなかで、感染者を死に至らしめる可能性のあるコロナウイルスはこれまでに 3 回出現してパンデミック (世界的流行) を引き起こした。2003 年の SARS (重症急性呼吸器症候群)、2012年の MERS (中東呼吸器症候群)、そして今回ということだ。

 人類とウイルスとの戦いでは一部の例外を除いてウイルスが勝利を収めてきたという。近年の事例では、1918 ~ 19年の「スペインかぜ」の世界的流行で 5 億人が感染し、5000万~ 1 億人が亡くなったと推定されている。1957年の「アジアかぜ」、1968~69年の「香港かぜ」でも100万人以上が死亡している。今回のコロナウイルスによる感染拡大を100年前のスペインかぜの再来とする見方も浮上している。

PCR検査封じ込め

 1 月に中国・武漢での感染拡大が伝えられた。しかし、安倍内閣の反応は極めて鈍かった。2 月初旬の中国・春節に際して中国当局が武漢封鎖などの措置に踏み切ったが、日本では中国からの来訪者を遮断しなかった。これと時を同じくしてクルーズ船ダイヤモンド・プリンセズが横浜港に帰港した際、すでに香港で下船していた乗客の感染が明らかになり、安倍内閣は那覇で実施した検疫を取り消して、再度検疫を実施した。

 しかし、乗員乗客3711名に対して、感染を確認するPCR検査を273名にしか実施しなかった上、乗員乗客を長期間船内に監禁する措置を取ったため、悲劇的な感染拡大を招いてしまった。同時に、日本国内での感染も拡大したのである。

 隣国、韓国でも感染が拡大し、当初はアジアに限定される感染拡大と見られたが、時間の経過とともに感染拡大の中心が中東、欧州、米国に移行した。3 月 9 日、ついにWHOが世界的流行=パンデミックを宣言した。

 日本の感染者数は相対的に限定されているが、その最大の理由は検査抑制にある。安倍内閣は感染を確かめるPCR検査実施の権限を全国850の帰国者・接触者外来にしか認めていない。日本の医療機関は11万を超えるが、PCR検査を実施できる医療機関は全体の 1 %に満たない。しかも、検査を実施できる医療機関の具体名も公表されていない。
帰国者・接触者相談センターで許可を受けた者だけが帰国者・接触者外来での受診を許される。日本でのPCR検査は超狭き門になっている。検査をしなければ感染者としてカウントしないで済む。五輪ファーストの安倍内閣は公表感染者数を抑制するためにPCR検査を抑止しているのだと見られている。

 3 月23日時点でクルーズ船を除く国内感染者数は1102人で、そのうち41人が亡くなられた。致死率は 3.7 %である。この致死率は国際比較上極めて高い。日本では肺炎で入院を要する患者にしか検査を行わない方針が採られており、確認されていない軽症患者、無症状患者が多数存在すると考えられる。

 安倍内閣は確認感染者数を少なく見せるために検査を徹底的に抑止していると見られるが、その結果として、軽症および無症状の感染者が放置され、感染の爆発的拡大が生じるリスクが高まっている。

コロナ大不況到来

 安倍内閣は五輪開催を最優先課題に位置付け、そのために、必要な検査を妨害するとの行動を示してきたが、これに勝る本末転倒はない。感染拡大防止にまずは全力を尽くす。五輪開催可否はその結果を踏まえて判断するしかないのだが、優先順位を逆転させた。五輪のために検査を妨害し、感染拡大リスクを著しく高めた。

 結局は世界的流行=パンデミックに移行して、東京五輪の2020年夏開催は不可能になった。国内での爆発的感染拡大リスクが高まるなかで五輪開催断念という最悪の組み合わせがもたらされたのだ。

 五輪は巨大なビジネスと化しており、経済的理由から中止できない構造に変質している。このために、IOCもJOCも2021年または2022年開催を目指すことになるのだろう。IOCは 3 月22日に 4 週間以内に結論を示すとしたが、諸般の事情を考慮すると2021年への延期の可能性が高いと見られる。

 コロナウイルスの感染拡大を背景に世界の株価が暴落した。各国の代表的な株価指数下落率は以下の通りだ。日本32.2%、米国36.0%、ドイツ40.2%、英国38.0%、ブラジル48.4%、ロシア42.0%。2008年から2009年にかけてのサブプライム金融危機に匹敵する株価暴落が生じている。

 欧米各国は出入国を厳しく制限するとともに、一部の都市では外出禁止等の非常措置を採用している。日本では訪日外国人が2018年には3119万人を記録したが、2020年に入って激減している。訪日外国人の51%が中国、韓国から、22%が台湾、香港からだった。この 4 ヵ国・地域はむろんのこと、これ以外の国、地域からの訪日客もほぼ消滅し、日本の地域経済が崩壊寸前の状況に追い込まれている。

 感染拡大を受けて安倍内閣は全国の小中高校の一斉休校ならびに各種イベント自粛を要請した。この結果、全国規模で個人消費の急減退が生じている。旅行、娯楽、飲食、宿泊が急激な需要減少に直面するとともに、人の移動急減に伴い各種輸送機関の売上も急減している。

 コロナウイルスによる影響はサービス産業だけにとどまらない。中国における感染拡大により、製造業のサプライチェーンが崩壊し、製造業においても生産ラインの停止が相次いでいる。同時に、仮に生産可能な状況を回復しても製品需要の急激な減退が生じており、製造業が全体として生産抑制を迫られることになる。

 国内の建設部門においても必要不可欠な部材の中国からの供給が途絶え、工事中断に追い込まれる事態が多発している。2 月の大手百貨店の売上は15~20%も減少し、同月の街角景気指数の景気現状判断DIは14.5ポイントダウンの27.4に急落した。

五輪延期と消費税不況

 日本においては、さらに二つの重要事項が存在する。五輪延期と消費税増税後遺症である。安倍内閣、東京都、五輪組織委員会はコロナウイルス惨禍が広がっているにもかかわらず、がむしゃらに五輪開催強行の主張を重ねてきた。ウイルス感染拡大を阻止するために全国のイベント中止を要請しながら、東京、愛知、滋賀でマラソンレース実施を強行した。3 月 1 日実施の東京マラソンでは応援する 7 万人もの市民による濃厚接触状態が創出された。ギリシャが沿道に市民が群がることを理由に聖火リレーを中止したにもかかわらず、五輪組織委員会は日本での聖火リレーを強行する方針を主張し続けてきた。

 国民の生命と健康を第一とせず、何が何でも五輪開催強行というスタンスが示され続けたが、国際世論の強烈な批判に直面して、結局は五輪開催延期に追い込まれた。この結果、少なくとも2020年の日本経済には強度の下方圧力がかかる。

 それだけではない。五輪を優先するためにPCR検査を妨害してきたため、多数の感染者が放置されてきた。その結果、他国から遅れて、日本で爆発的感染拡大が生じるときが刻々と近づいている。日本国内において爆発的感染拡大が生じれば、経済活動は一段と収縮することになる。

 第二の事項は、日本経済がコロナウイルス問題に直面する前に、すでに深刻な不況に突入していたことだ。安倍内閣は昨年10月に消費税の税率を10%に引き上げた。この愚策によって個人消費の劇的な収縮を招いていた。

 日本では生活必需品の非課税措置が取られていない。一部の食料品の税率が「据え置かれた」だけだ。軽減税率と表現されることがあるが正しくない。「軽減」はされていない。「据え置かれた」だけだ。正しい表現は「据え置き税率」である。

 2018年の民間給与実態調査を見ると、1 年を通じて勤務した給与所得者の22%が年収200万円以下、55%が400万円以下である。所得の少ない人ほど、収入に占める消費金額の比率は高くなる。収入金額の全額を消費に充当すると、年収の10%が消費税で巻き上げられることになる。給料の 1 ヵ月分以上のお金が消費税で没収されてしまうのだ。

 所得税の場合は子の年齢等にもよるが、夫婦子二人の標準世帯・片働き世帯主の場合、年収354万円までは納税額がゼロだ。所得税制度では所得の少ない人への過大な負担が回避されているが、消費税の場合は、所得の少ない人ほど過酷な課税になる。

 消費税増税に際して各種ポイント還元制度が設けられ、現金決済からキャッシュレス決済への大規模な消費シフトが発生したと見られる。しかし、この措置は個人消費を下支えするものではない。消費者が 1 円でも負担を軽減しようと支払い方法を変更しただけで、消費金額を増やしてはいない。消費金額は徹底的に抑制していると見られる。

 支払い方法の変化がもたらしたものは、キャッシュレス決済に対応できない零細小売業者の苦境だけだ。零細事業者は顧客を失ったばかりでなく、消費税増税を価格に転嫁することもできず、消費者が負担するとされている消費税を肩代わり負担させられ、廃業、倒産の危機に追い込まれている。

下流社会を直撃

 2019年10-12月期の実質GDP成長率が年率 - 7.1 %に急減した。増税直前の2019年 7 - 9 月期成長率は年率 + 0.1 %で、増税前の駆け込み消費による景気浮上はなかった。景気浮上がなかったのに、増税後に日本経済は急落した。年が明けてからも個人消費は停滞したままだった。消費税増税による大不況が始動したところにコロナウイルスが日本経済を襲ったのである。

 消費税が導入された1989年度から2019年度までの31年間の税収推移を見ると、消費税収累計額が397兆円であるのに対し、この間の法人三税減収累計額が298兆円、所得税・住民税減収累計額が275兆円である。消費税収のすべてに176兆円を加えた金額が法人税と所得税の減税でばらかまれた。

 財政再建のための消費税増税、社会保障制度維持のための消費税増税という説明は真っ赤な嘘だった。安倍内閣と財務省は主権者である国民を騙して法人税減税と所得税減税のための消費税大増税を実行してきたのである。同時に安倍内閣は「働き方改革」という名の「働かせ方改悪」を強行し、中間所得者階層を消滅させて、圧倒的多数の国民を不安定な低所得者階層に落とし込んできた。

 多様な働き方を選択できる労働制度の美名の下に、企業が最低のコストで労働者を使い捨てにできる制度を構築してきた。この下流に押し流された人々にとって、生存することさえ不可能になりかねない「悪魔の税制」が構築されてきた。

 コロナウイルスによる日本経済の悪化によって、真っ先に被害を受けているのが不安定な非正規労働者である。安倍内閣は思いつきでイベント自粛や学校休校などの措置を場当たりで実行するが、そのことによって生存のための最低限の所得さえ失うのが下流に押し流された労働者なのだ。

悲劇の歴史にしてはならない

 未曾有の大不況に突入するなかで経済政策対応が求められるが、この非常事態に直面してなお、安倍内閣は利権のみを追求する。経済政策として求められるのは、透明、公正な財政資金の公平な配分である。実行すべき政策は明白だ。消費税を廃止すること。そして、すべての国民に一律に給付金を支給することだ。特定の産業や企業などに不透明な資金を配分するべきでない。安倍内閣は利権にならない財政支出を嫌う。すべての国民に一律に支給する現金は利権になりにくい。すべての国民が透明に恩恵を享受できる消費税減税・廃止も利権になりにくい。

 そこで、特定の商工業者に選別的に恩恵を付与することができ、かつ、天下り団体の利権になる特定商品券や、観光業界への利権付与になる旅行券クーポンの配布、天下り団体の利権になる観光振興策などに財政資金を投下しようとする。

 財政資金を利権にするという発想から抜けられないのだ。しかも、国民経済の再生ではなく、官僚機構と利権政治屋の利益が優先される。財政構造のこの特質が日本財政の最大の欠陥である。これだけの財政規模がありながら、社会保障の水準が主要国のなかで最低水準に位置するのは、利権財政、裁量財政が中心を占めているからなのだ。

 透明なプログラムを構築して、ガラス張りの財政資金支出を行う。これに適う手法が消費税廃止・軽減と一律の給付金支給である。コロナウイルスによる経済危機を日本政治と財政構造刷新の契機として活用するべきだ。

 厚生労働省が国民の命と健康を守ることに尽力する機関でないことも明白になった。政治も官僚機構も主権者国民の利益ではなく、自分たちの利益だけを追求している。この結果、日本の主権者はコロナ危機に際して生命と健康、そして生活を守ることの困難に直面している。

 重要なのは主権者である国民が現実を冷静に見つめ、主権者の政治選択のどこに誤りがあったのかを認識することだ。これだけの災厄がもたらされるのであるから、この危機をこれまでの政治構造、行政構造を刷新する原動力として生かさなければ、ただ失うだけの悲劇の歴史になってしまう。危機を契機に政治の基本構造を変えてこそ、絶望の山に分け入り、希望の石を切り出すことになる。その行動が私たちの未来を明るいものに変える原動力になる。

了 


 

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