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【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛

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メディア傍見52
〈どこへ行く? 日本のジャーナリズム〉

2020年7月23日


 政府に取り込まれるメディア

 ジャ―ナリストに国家公安委員の辞任を勧めた前回の拙論に、次のような質問がメールで寄せられました。もっともな疑問です。

 「国家公安委員の兼職が問題なのでしょうか。そうではなく、およそジャーナリストたるものは、国家公安委員など政府の役職につくべきではない、というご意見でしょうか? 新聞社の経営陣などで、政府の委員になっていた人もいたように思います。自分の知識経験を政府の役に立てるように、一時的に政府委員になる、ということは、許されると思いますが、いかがですか」

 まさに、それに答える説明をこの続編で書こうとしていたのです。そこで、取り急ぎ、次のように返信しました。
 …………………………………
 一般に国家公安委員の兼職は必ずしも全面ノーではありません。現職の人で大学教授がおられます。問題はジャ―ナリストの兼職です。
 アメリカの主要メディアは、記者が取材対象になるようなポストへの就任・兼職、副業、執筆などを一切禁じています。それらは、記者活動と利益が衝突する行為、つまり「利益相反」 (conflicts of interest) に抵触する行為であり、仮に本人にその気がないとしても、そう疑われる行為になるからです。AP、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなど主要メディアは、自社の記者倫理綱領に、このconflicts of interestを回避するための規定を置いています。

 日本では、こうした倫理観の甘さがメディアの一番の欠陥です。それどころか、記者活動、すなわち取材・報道の対象となる政府の審議会や諸諮問会議に記者や社員を送り込むのに熱心で、それが社や社員の誇りだと思っている傾向があります。信濃毎日新聞は「新聞社は在野であるべきだ」と審議会への参加を禁じているし、朝日新聞など参加を厳しく制約している社もあります。しかし、積極的に参加している社も少なくなく、報道機能との利益の衝突を意に介しません。アメリカでは、マスコミ各社の社員としてはもちろん、個人としても政府関係機関への参加は許されません。これが日米のジャーナリズム倫理観の根本的な相違です。

 日本では、周知の事例ですが、日本新聞協会の会長にもなり、「最大の政治記者」とさえ言われる読売新聞トップの渡邉恒雄主筆は、1960年安保闘争の時に政府声明を書きました。その時は現職の政治部記者でしたが、「官房長官の官舎に行って政府声明を書いた」と、それをむしろ自慢話にしています (自著「天運天職」 P.95) 。そうした政府との密着関係は最近ますます増幅し、メディア界が強く反対した特定秘密保護法が成立すると、その運用について政府に助言する情報保全諮問会議の座長に就任しました (2016年) 。
 そして社員を多くの政府諸機関に送り込んできました。兼任のほか、要職への直接転出となると、人事官や大使、そして公共機関のNHK経営委員会委員などに及びます。
 以上、問題整理への参考になりましたか。
………………………………

 以下、返信に続いて、さらに詳しく問題点を追っていきます――
 政府や地方公共団体の審議会へのメディア社員の参加に、心あるジャーナリストは胸を痛めていますが、日本のメディア界は禁止していません。毎日新聞の編集委員や論説委員を務めた天野勝文氏は、早くからメディア人の審議会参加を批判し、「『取り込まれる』ジャーナリスト」 (総合ジャーナリズム研究第128号、1989年) など多くの論文を書いています。しかし、マスコミ各社の一部は姿勢を変えていません。

 最近でも、森友学園への国有地払い下げが問題になっていた2017年当時、政府や大阪府の決定にかかわった国有財産近畿地方審議会や大阪府私立学校審議会の委員に読売新聞大阪本社の社員が名を連ねていました。そのため、同紙の関連報道が他紙より弱いのではないか、と疑われました。

 拒否された「Conflicts of interest」
 上に触れたように、アメリカでは報道各社に籍を置く人が政府機関に参加しないよう、各社は社員倫理基準で明示しています。しかも、それは倫理的に最も重要な規範とされ、明文規定では、通常その冒頭に置かれています。例えば、以下は、ニューヨーク・タイムズ社の倫理基準 (現行。随時補正される) の書き出し部分です。
………………………………
 倫理的なジャーナリズム
 報道と論説部門のための価値観と実践の指針
 序論と目的
 ニューヨーク・タイムズの目標は、ニュースをできるだけ公平に提供すること――私たちの家長アドルフ・オックスの言葉によれば「えこひいきなく」――にある。それは、取材源、広告主、その他に、公正かつ公明に対応することであり、また、そう見られることでもある。タイムズの評価はそうした理解に基づいており、それはまた、社員たちの職務への評価による。そのため、タイムズ社及び報道と論説・解説の各部門のメンバーは、利益相反 ( Conflicts of interest) を、実体と、そう見なされることと、その双方で避けることへの関心を共有する。
 利益の相反は、実体と外形共に多くの分野で生じ得る。社員がそうした関係になる相手には、読者、取材源、諸支援グループ、広告主、競合他社、あるいは社員相互や他の新聞とその親会社が含まれる。さらに、共稼ぎが当たり前となった現在では、配偶者や家族、コンパニオンの市民活動や職業業務が、実体及び見かけ双方での利益相反を生む可能性がある。(抄訳:前澤)
………………………………
 なかなか厳しいです。こうした理念が、「報道の自由」を確実に維持するための基盤となっているのです。しかし、日本のメディアで、このConflicts of interest条項を設定している社は見当たりません。

 日本の新聞・放送を束ねる日本新聞協会の新聞倫理綱領は、戦後長く維持されてきましたが、1999年 6 月に渡邉恒雄氏が同協会会長に就任すると、すぐにその改定が指示されました。その綱領検討小委員会の委員長には当時の朝日新聞専務・編集担当の中馬清福氏が就きました。同氏に改定案への意見を求められた私は、「日本のメディアに欠けたConflicts of interestの導入」を提案しました。審議会参加に批判的だった中馬委員長は、それに強く同意し、その条項を原案に組み込みました。しかし綱領には採用されませんでした。綱領発表の際、中馬委員長は「Conflicts of interestの導入には会員新聞社の強い反対があったので・・・」と、その理由を明らかにしました。

 新しい新聞倫理綱領 (2000年 6 月21日制定) は「社会・メディアをめぐる環境が激変するなか、旧綱領の基本精神を継承し、21世紀にふさわしい規範」と謳っています。しかし、利益相反については、「新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない」 (「独立と寛容」の項) と、抽象的に述べるにとどまりました。

 低い評価 : 日本の「報道の自由」
 21世紀のメディアにふさわしい綱領を提案した渡邉氏のメディア倫理観はどうなのでしょうか。朝日新聞のインタビューで、「政界との距離があまりにも近くないですか」と聞かれたとき、「読売新聞の社論を実行できる内閣になるなら悪いことではない。そういう内閣に知恵を授けて具現化するのは僕には正義だし、合理的なことだ」と答えています (2011年11月28日付朝日新聞) 。Conflicts of interest回避どころか、新聞人と政界との密着の深さを正当化し、そうした癒着度への誇示がうかがえます。

 このように、欧米では当然の常識となっているメディアの「Conflicts of interest」排除が、日本では全く留意されていません。従って、ジャーナリストが首相から国家公安委員に任命され、そしてその人物が首相や政府の失政をかばう政治的記事を書いても、それがジャーナリストとして適格かどうか、ジャーナリズムに不誠実かどうか、そういうことは全く問題にされない――それが日本のメディアに固着した風土なのです。

 国境なき記者団が毎年発表している「報道の自由度」世界ランキングでは、日本は180か国・地域の中で67位 (2019年) 、66位 (2020年) と低迷しています。そのことに、日本のメディアはあまり関心を寄せていません。日本新聞協会は綱領で「あらゆる勢力からの干渉排除と、利用されない自戒」と、メディアの独立と自由を標榜していますが、このニュースを軽く見て、機関紙・新聞協会報では、いわゆるベタ記事扱いです。

 政財官界を監視し、批判する機能の弱さ、さらには進んで政府機構に取り入ろうとする、あるいは取り込まれる日本のメディア――そうした権力との癒着が恒常化した日本のメディアでは、なぜ日本の「報道の自由度」が欧米でかくも低く評価されているのか、それを理解することも、まして反省することもできません。

 
※カットは「利益相反」を重視する米メディアの倫理綱領 (冒頭部分) 。
 右下は「報道の自由」世界ランキングを小さく扱った日本新聞協会報の記事。
 


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