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【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照

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一水四見(6) 日本人は、どのくらい日本的か?

2014年10月27日

インターネットで Democracy Now の番組で活躍する Amy Goodman女史と Jeremy Scahill の対談を観た。

番組のタイトルは、「イラクにおけるオバマ大統領のオーウェル的戦争世界;我々が主張する戦っている相手というのは、まさに我々がつくり出した恐怖だ」(Obama .F N”s Orwellian War in Iraq: We Created the Very Threat We Claim to be Fighting;Oct. 3, 2014)

ぞっとするような内容の話である。

かってアイゼンハワー大統領退任演説( 1961年) で示された、世界最強の大統領さえ暗殺されてきたアメリアという国の支配層に働いている巨大なオーウェル的虚偽の実態である。

オーウェルの『1984年』が暗示する「戦争は平和(War is Peace)」の逆ユートピアの世界がノーベル平和賞受賞の大統領の下で現在進行しているかのようだ。

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ブッダは語る「世界は燃えている」と。もちろん燃えている燃料は虚偽、偽善、悪意、支配欲などの煩悩である。 大乗経典の「法華経」はそれをうけて「三界火宅」という。人類を「燃え盛る炎に包まれた家で遊び戯れる子供たち」に譬えている。(ちなみに三界とは欲望・形態・観念が合体している総体のことで、いわゆる現世である)。J. Scahill 氏の近著は「汚い戦争・世界が戦場となった」(Dirty Wars: The World is a Battlefield)である。

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「世界が戦場になった」状況において日本の立ち位置の基本はいかにあるべきかが論じられなくてはならないのであるが、今日の日本の知的状況は相変わらず内向きで、観念的で、自閉的な思考であるようにみえる。

一水四見で異論があるのは当然であるが、 特に戦後に始まる日本の知的状況の「内向きで、観念的で、自閉的な思考」は、今日まで変わっていないようだ。それは実は大多数の国民の情念とは違うものであり、大多数の国民にとって迷惑な知的状況である。

首相の靖国参拝賛成派、村山談話への批判勢力、ヘイトスピーチなどをする嫌中・嫌韓の右翼的活動などは、実は「内向きで、観念的で、自閉的な思考」の粗なる産物である。

「誇りある国民」を目指すのであれば、それは自虐でもなければ独りよがりの自愛でもなく、世界で評価される誇りでなければならない。”首相”の靖国参拝賛成派、村山談話への批判勢力、ヘイトスピーチなどにいったい世界のだれが積極的評価をするのか。

一方、「内向きで、観念的で、自閉的な思考」自体の言語表現に限定した知的状況を代表するのが一部の知識人の流れである。右翼的自閉思考者が行動的で感情に訴えかけるのに比して、これらの知識人は大学教員の職席や出版活動においていかにも理性的に学生にその思考を感化させる点で影響が深刻である。

しかし両者に共通するのは、不断に変容している諸行無常の歴史的状況において、未来に向けた日本のあるべき理念を論じているのではないことである。つまり既成の過去の、特に終戦後の歴史状況に対する、一方は “断続的抗議”の身体的活動であり、他方は “永続的異議”の評論活動である。

さらに両者に共通して欠落しているのは、歴史における宗教的部分の論議である。神道・仏教を論じないで日本の歴史認識を語り得ないと同様に、欧米人ではないにしても多少の生活的実感を伴ってキリスト教(会)を論じないでマックス・ウェーバーを論じても単なる趣味的知識欲を満足させるに過ぎない。

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今は、アイゼンハワーが実感し直視した国際政治状況の現実を見据えて日本のあるべき立ち位置についての議論とそれの実現のための様々な具体策を提言すべき時である。

それなのに世界が戦場化して国際的緊張が高まっている現実において、国家、国防、国境など「国」が付けば右翼だ、軍国主義だ、という“永続的異議”に反発した“断続的抗議” の風潮に一部の知識人が国家の基本問題を考えて組織的研究をしたくなり、それに一部の大衆や学生たちが肩入れしたくなるのは当然のことである。

両者の間隙を利用して日本版軍産複合体が活躍する余地が生まれてくるのも三界の因果の道理である。

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日本のあるべき立ち位置についての前向きの議論も様々あってしかるべきであるが、日本とはなにかについての一応の了解をするまえに、日本人の知的・文化的基本にかかわる常識的な歴史的事実について確認したい。これはもちろん一面的な見方であるから他の見方があってしかるべきである。

日本と東アジアとの交流史を一瞥すれば、古代日本の政権の中枢は、今日の政治状況よりも国際的であったろう。

聖徳太子(574-621)は、高麗の慧慈、百済の慧聡を側近として大陸の政治情勢の情報を得ながら政治を行っていたのであり、その後の日本文化建設の基礎となる日本の国家的記念碑として東大寺を建立したのは行基(百済系)や帰化人らであった。

神社といえば非外来性の神道の宗教的施設のように考えられているが、全国稲荷神社の総本家・伏見稲荷や弥勒菩薩像で有名な広隆寺は渡来系の秦氏が建立したものである。

663年に、朝鮮半島で日本・百済連合の水軍は唐・新羅連合と戦ったが、その時、百済の貴族、官人ら推定4000~5000人以上が日本に亡命してきた。彼らは現代的意味の難民ではなく、貧民、無教養の人々とはほど遠い高い教養と技術をもった人々であり、日本に同化して、その後の日本の文化的、技術的発展に多大な寄与をしたことはいうまでもない。

彼らによって朝鮮半島を経由して中国大陸の膨大な優れたソフトの技能とハードの技術が日本にもたらされたのである。

これは今後の日本の移民政策のヒントとなるかもしれない。

天智天皇は666年に、百済の男女二千人あまりを東国に住まわせた。七世紀の末頃は律令国家の建設期で、この亡命者たちの貴重な知識・技能が国家の中枢に受け容れられた。彼らは天智朝から天武・持統朝にかけて、学芸・技術の各方面に広く活躍し、奈良朝文化の形成に主要な役割をはたした。

『続日本紀』文部天皇四年(700)六月十七日の条に大宝律令の撰定に加わった十九人の名が列挙されている。このうち八人が帰化人と考えられている。「われわれの祖先が帰化人を同化したというような言い方がよく行われるけれども、そうではなくて、帰化人はわれわれの祖先なのである。帰化人のした仕事は、日本人のためにした仕事ではなくて、日本人がしたことなのである。・・・」(関晃「帰化人 古代の政治・経済・文化を語る」)という見方があるが、この見方の是非にかかわらず、歴史的実態は変わらない。

日本の古代氏族の系譜集成である『新撰姓氏録』(810-824)によれば、当時京都とその近郊に在住の氏族1065の内、帰化系氏族は326氏で全体の約30%を占めている。

今日的に喩えれば、霞ヶ関の上級官僚の3割が大陸からの渡来人の末裔であったことになる。

中国の宋代、日中間に正式な国交はなかったが僧侶の往来は盛んで、多くの日本人の僧侶が大陸に渡ったが、南宋時代(1127-1279)に限っても、わかっているだけで120名を超えている。

大陸からも鎌倉円覚寺の開祖・無学祖元らが日本にやってきて、時の政権の精神的な指南役となった。つまり明治維新以前の伝統的な時代の、日本文化のソフトとハードは、ほとんどアジア大陸からもたらされてきたものである。

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鑑真(688-763)がいなければ日本仏教における仏教教団は確立されず、したがってその後の仏教の歴史的発展もなかったはずである。

鎌倉時代の天台宗・比叡山延暦寺は仏教の伝統的に仏教の総合大学というべき教育施設であったが、仏教だけではなく和歌、儒学の文系のみならず薬学、農業技術、土木技術、天文学をはじめ兵法まで教授されていた。すべて中国から伝来された当時の最新知識である。

その日本天台宗を成立させたのは最澄(766-822)であるが、彼の先祖は後漢(劉氏)の孝献帝の末孫、登萬貴王であり、応神天皇の時日本に渡来した。中国の天台宗で学んだ最澄が日本天台宗を開かなければ、法然、親鸞、道元、日蓮、栄西ら、日本人の伝統的宗教的性格を形成したような人物たちはいなかっただろうし、源氏物語、能、茶道、歌舞伎、俳句などの日本文化の成果はありえなかったことは当然である。

仏教はそもそも歴史的にインドに誕生した宗教であり、仏教に付随してさまざまなインドの神々も来日した。神社仏閣の観光旅行でお目にかかる金比羅さんも、弁天さんも、大黒さんも、四天王も、みなインドの神々である。

日本文化とは、中国文明の価値ある様々な素材を、仏教の知性によって選別し相対化して、(後世の国家神道の排他性・イデオロギー性とは異質の日本の社稷の保全を本来の使命とする意味の)神道的感性において洗練化され縁起的に生成されてきたものであるというのが、常識的なわたしの日本文化論である。

さて「日本人は、どのくらい日本的か?」の問いであるが、日本のあるべき姿に関心ある諸賢にお聞きしたい、「あなたのいう日本人とはなにか? 日本人であることによって、あなたが死守しようというものがあれば、それはなにか?」 日本だ、日本人だなどと考えることに興味はない、のか。

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地震、台風はあるものの四季が豊かに変わりゆく風土において、インドの精神文明(仏教+インド神話)と中国の(日本の国情に会わない負の要素を排除した)実用文明の融合の中に伝統的に育てられてきた国、「これが日本だ、わたしの国だ」

秋も深まってきました。

忌野清志郎さま つつがなきや。

時々、あなたの日本のやさしさ、元気の時の姿を思い出します。

あなたの愛した日本は今、大きな液状化したような世界史の転換期に直面しています。

「ひとつの赤い風船」より

( 2014 年(平成26年)10月25日 記)

 

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