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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ
第23回「ベケロの死~森の先住民の行く末・その4」

2015年1月15日

▼森の先住民の定住化

アフリカ熱帯林の先住民は、もともと森の中に暮らしていた。狩猟と採集で生業を立て、必要に応じ住み処を変えて生きてきた遊動の民である。

ぼく自身が1989年初めてボマサ村に到着したときも、彼らは村の近くではあるが、森の中に住んでいた。多少の衣服はすでにまとっていたが、まだ彼らの伝統的な狩猟・採集生活を続けていたのだ。ある別の村では、衣服すらなく、からだの一部を特定の森の葉で覆っていたにすぎない。

20年以上前、まだ服も十全にまとっていなかった先住民©西原智昭

20年以上前、まだ服も十全にまとっていなかった先住民©西原智昭

当時はまだ貨幣経済すら彼らの間には浸透していなかった。研究調査隊としてボマサ村入りしたぼくらは、彼ら先住民の助力が必要であった。ゴリラやチンパンジーの調査を遂行するのに、森を知る先住民の存在が不可欠であったのである。彼らは快く応じてくれたが、「報酬」は現金でなく、彼らの好きな「たばこ」であった。

しかし、現金を伴う貨幣経済は、時を同じくして浸透し始めてきた。彼ら先住民が「現金」とその価値を知る日は遠くなかった。当時のわれわれ研究調査隊も、森のガイドとして協力してくれた先住民に、現金で報酬を供与することになったのである。また同じ時期に、コンゴ共和国政府の方針で、森の民も近隣の村に定住生活するよう通達された。それまでの森の中での移動生活は余儀なく中止せざる事態となり、ボマサ村近郊の森にいた先住民はみなボマサ村に定住するようになったのだ。

▼ラジカセがほしい

森の中でいまでも不快に思うことがある。ラジオやウォークマン等で音楽を流すことだ。最小限の音でラジオのニュースを聞くだけならまだよい。しかし音楽はたまらない。森では森の音を聞いていたい。昼ならトリであり、サルであり、ゴリラ、チンパンジーの声だ。夜なら夜行性動物や虫の音だ。否、そうした個々の動物の音ではなく、森全体が総体として生み出している音に耳を澄ませていたい。そう純粋に思っている。だから、音楽だけは、当人にとっては折角のお楽しみではあっても、現地のガイドやポーター、トラッカーだけでなく、コンゴ共和国森林省のスタッフ、コンゴ人若手研究者、だれでも注意をする。せめて、イヤフォンでもつけてほしい。そこは町でもなく村でもない。森なのだ。われわれがその自然界に「侵入」しているのである。奢ってはいけない。

村なら構わない。すでに紹介したが、すばらしいと思ったことの一つは先住民の「歌と踊り」だと思う。月夜にヤシ酒を飲みながら一緒に楽しんだことは何回かある。とても幸福だった。彼らの「音楽」にも陶酔した。まるで魂が星々の夜空に吸い込まれていきそうだった。彼らの「世界観」では「森」こそがよりどころであり、「死者」の帰る場所なのである。「歌」は「夢」の中に出てくるすでに死んだ仲間から「教わる」のである。そして、「踊り」の主役「ジェンギ」(ヤシの葉で作った蓑をかぶっている)は「森の精」であり、「祭り」に呼ばれて「森」から出てきて、「歌」に合わせた「踊り」を通じてたとえば「死者」の「霊」を慰めるのである。

しかし、1990年当時ですでに、村にもラジカセが入り込んでいた。町の音楽の音楽テープを持っている村人もいた。先住民たちはその音楽に合わせて踊る。いつしかこうしているうちに、先住民独自の歌と踊りは消えていく運命にあるのだろうか。それを助長しているのはわれわれではないのか。われわれが雇用するという形で、村へ、先住民へと現金を落としていく。その現金の使い方は彼ら次第だ。ラジカセも買えるし、町のリンガラ音楽のカセットテープも手に入る。

ラジカセを楽しむボマサの農耕民©西原智昭

ラジカセを楽しむボマサの農耕民©西原智昭

実際、農耕民である村人に続き、先住民がわれわれと働いて稼いだお金でラジカセなんかを欲しがるようになる。「今度町に行ったら買ってきてくれ」というわけである。もちろん文字通り汗水たらして獲得した彼ら自身の報酬なのだからぼくには何もいえない。それに仕事に対する情熱を失って欲しくないし、なんとか彼らの「夢」は実現してあげたいとも思う。でも同時に、「ラジカセ」なんかに夢中になって欲しくないと思うのである。ぼくは「要求」に対してジレンマを感じることが多くなった。約25年前のことである。

先住民の伝統的な歌と踊りは、決して失われてほしくない、と思う。彼ら自身も本当に自分たちの歌と踊りを心底楽しんでいるように思える。しかし今やこの村にもラジカセが出回わり、先住民の人たちも、ラジカセから流れる町のリンガラ音楽に合わせて踊る機会が多くなり、それにともないジェンギの歌と踊りが行なわれる頻度も少なくなってきているようにみえる。またすっかり村への定住が定着しつつある彼らは、昔から持ち続けてきた森についての知識を失いつつある。現時点で、若い先住民の人で植物の名前を正確に知っている者はもはや数えるほどしかいないのは事実だ。

われわれが研究・保護活動という名目で、この村の住人や先住民の人たちに支払う給料が、村の変貌やこうした伝統文化・知識の喪失にいっそう拍車をかけているのも、残念ながら否めないであろう。外部の人間が一方的に、「先住民の文化・伝統を守るべきだ」というのは適切ではない。それは、彼ら自身がその将来を決めることだ。しかしその一方で、地域の伝統や文化をむやみに破壊することがないよう自制のある研究・保護活動を実践していかなければならないということを、われわれは反省し再認識する必要がある。

だが、その程度の努力では、彼らの急速な変貌を止めるにはもはや手遅れのことなのかもしれない。

問題は歌と踊りだけではない。彼らの文化全体にもわれわれは影響を及ぼしかねない。金銭を通じた彼らにとっての新しい生活が始まる。村を離れ町へ行く機会も増えるかもしれない。森へ行く時間や頻度は結果的に減る。そして、先祖代々伝えてきた森の知識は伝授されなくなっていく。木の名前、植物の薬用利用、生活物資のための森の産物の利用、森の食べ物、森で危険なもの、動物を追う能力、森の中で迷わぬ能力、食べ物の習慣などなど、列挙したらきりがない。いまわれわれはそうした局面に直面している。(続く)

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