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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ
第26回「ベケロの死~森の先住民の行く末(番外編)」

2015年3月1日

▼イランカラプテ

2015年2月の一時帰国中に、所用で数日北海道に行った。かねてから個人的に関心のあったアイヌのことをもう少し知りたいと思い、この機会を利用して、真冬の中、雪道を踏みしめながら、アイヌに関する博物館を訪ねた。

ちょうど博物館に入るや否や、「ちょうど今からアイヌの語りと古典舞踊がありますよ」と入口の受付で聞く。早速その催しを実施する「アイヌの家屋」に似せた建物の中に入る。

民族博物館でのアイヌの伝統的家屋©西原智昭

民族博物館でのアイヌの伝統的家屋©西原智昭

「語り」では、まずアイヌの言葉を覚えましょうと、その挨拶に相当する言葉を教わる。多くの外国人を含む会場にいた参加者もその言葉をまねて、「イランカラプテ」と唱和する。早速ぼくもこの言葉を覚える。アイヌの伝統衣装を付けた若い男性の語り手は、アイヌの歴史や家屋の構造などについて簡単な説明をした後、女性陣も登場し、伝統的な歌や舞いを披露してくれた。

羽ばたきを母鳥から教わるとしている子鶴の舞いや、伝統楽器による森や小川など自然界の音を似せた音楽、子守唄、「クマ送り」時の歌と舞など、何というか、自然界と連鎖しつつ、いかにも素朴で、とても心に染み入るものであった。このままもっと続いてほしいと願ってしまうような心情であった。

どこかで、これと同じような自然な気持ちを体験していたことを思い出していた。いうまでもなく、ぼくがアフリカの地で頻繁に接してきた森の先住民の「歌と踊り」を間近にしたときの一種の陶酔感と類似していたのである。無論、アイヌの博物館を訪れた動機も、ぼくのよく知る森の先住民と共通するものがあるにちがいないアイヌという人々への親近感からであったのは疑いない。

▼人骨の研究と先住民の生活習慣

実は、ぼくはアフリカに行く前、京都大学理学部の人類学研究室にて、「自然人類学」の分野を卒業研究で選択した。「人類学に興味があります」と学部学生のときに尋ねた教官から、「ちょっと今やってもらいたい研究テーマがあるんだ。よかったら、卒業研究のテーマでやってみないか?」と話を持ちかけられたのだ。

理学部の人類学では、「人類の起源と進化」を明らかにする理論を構築することにあった。その手法として、主に、古い時代の人類の骨を発掘または計測しその生活復元を試みる(自然人類学)か、いまだ自然界に強く依存しながら生活している人々の生活を調査する(生態人類学)、あるいは人類に最も近い動物である霊長類の生態・社会を研究する(霊長類学)といった分野があるのは知っていたが、ぼくが卒業研究で専攻することになったのは、その中で「自然人類学」であったのだ。

まだ「人類学」の初心者であったぼくは、その教官の申し出に興味をもち、まずは人骨の研究を始めたのだ。与えられたテーマは、人類学研究室の地下倉庫に眠っているアイヌの人骨と、医学部所蔵の現代人の人骨を対象に、頭骨の「側頭線」の大きさや突起の具合を計測・比較研究してほしいというものであった。側頭線というのは、咀嚼のときに必要な頭部側面にある大きな筋肉-側頭筋-を支える頭骨上の線上突起であり、それが太く、あるいは長ければ長いほど、咀嚼筋が太く大きく、咀嚼する力も強かったであろうと予測されるのである。

人骨を使い卒業研究をしていた30年前の筆者©西原智昭

人骨を使い卒業研究をしていた30年前の筆者©西原智昭

側頭筋の太さや長さを計測する手法が確立されていなかった中、試行錯誤で自分なりの計測方法を作り、それをそれぞれの頭骨からデータを収集した。咀嚼の力は、一般に、生活習慣によるとされる。より硬いものを食べたり、皮なめしをするなど、咀嚼を必要とする生活であれば、咀嚼筋も強いはずである。

このたびのアイヌの博物館の催しや展示物を見ながら、アイヌのことをどこかで自分で調べた記憶があるなあと思い出していた。実は、この人骨を扱った卒業研究を実施していくにあたって、アイヌ人の文化や生活習慣についての文献研究も並行していたのだった。そのときぼくは、硬い木の実や燻製の獣肉を食べ、動物の固い表皮をなめして衣服を作っていた彼らの古い生活習慣について学んだ。今から、30年も昔の話である。

▼森の先住民の行方

自分の人生の中で、めぐりめぐって、また同じ対象に出会うという奇妙な思いにかられながら、ぼくはアイヌの博物館での時間を堪能した。そして、自分が今まさにアフリカの地で直接身近に関わっている森の先住民とアイヌとを思い比べ始めたのも、決して不思議ではなかった。異なる大陸に住んでいた、そしてまったく異なる歴史的背景をもつ、アイヌとアフリカの森の先住民。しかし、そこには多くの共通点がある。

両者が、自然界に強く依存しながら、狩猟採集を生業としていたこと。原則的に、狩猟・漁労は主に男性の仕事、採集や裁縫など家屋の中での作業は女性の仕事といった男女分業体制。そして、アイヌの場合は日本本土の日本人からの、森の先住民の場合はバンツーという農耕民からの、物々交換などによる経済交流だけでなく、迫害や労働の強制があったこと。そして先に述べた同様な印象をもたらした「歌と踊り」。挙げれば切りがないであろう。

しかし、徹底的な違いがあることに思いを馳せた。博物館の語り手の男性も明確にしていたが、アイヌの場合は、アイヌのアイデンティティは継承しつつ、伝統的な生活を営むことはすでに消失し、「かつて存在した」伝統や文化を「残していく」という作業をしていること。一方、アフリカの森の先住民の場合は、まだ昔ながらの生活形態や社会・文化をいまだ日常生活の中に残しながら、一方で、貨幣経済や近代教育などの現代化の波にもまれている「現在進行中」の状況下にあること。そして、今その伝統性は喪失していく方向にあることはすでにこの連載記事でもすでに述べてきた通りである。

アイヌの博物館でも、伝統的な歌と踊りを披露し、個人的には非常に感銘を受けた。われわれはこうした貴重な文化遺産を継承していくことが重要であるのに疑いの余地はない。われわれ現代人はこうした先住民から学ぶことは多々あるからだ。自然界に依存しその脅威に立ち向かいながら、かつ、自分らの生活の依拠である自然を崇拝する。その過程で、自然を大幅に開発・利用することなく、「自然に」自然との共存を可能にして生きながらえてきた。「利用優先」の考えで、自然界のバランスを顧みず、自然界のものを過剰に搾取している今のわれわれとは大違いである。

雪が降り積もり北風が吹けば身も凍るような天候の中、アイヌの博物館には、驚くくらい多くの来館者がいた。そこには、外国人の団体さんもいた。きっと日本を訪問するツアーの中にこの博物館を訪れる旅程もパッケージに入っているのだろう。中には、「極東の地に住む先住民」の文化や伝統を学びたいという真摯な方もいるだろうが、珍しい民族の「ショー」を見たいという単なる好奇心で訪問された方もいたにちがいない。見方を変えれば、伝統文化を「ショー」というビジネスとして来館者向けに興行しているにすぎないではないかと評する人もいるかもしれない。そうであれば、たいへん遺憾である。

多くのお客さんの前で披露されたアイヌの伝統的な歌と舞©西原恵美子

多くのお客さんの前で披露されたアイヌの伝統的な歌と舞©西原恵美子

いずれ、アフリカの森の先住民も似たような道を歩む運命にあるのかもしれない。文化伝承に向けた強い声は、彼ら自身の中から今のところ出ていない。このままでは、現代化の大きなうねりの中で、彼らの伝統文化や知識が失われるのは時間の問題であろう。すでに連載記事でも述べたように、森のことを熟知する今の中後年以降の年代が亡くなるのは向こう5-10年であるのは確かである。

森の先住民でも、「ショー」としてジェンギなどの伝統的な歌と踊りを興行する場所も出てきた。皮肉だが、そうしたことの進行・拡大が、実質的な伝統的知識や文化の崩壊への兆候を示すものであるとも思われる。しかし結局われわれは、そういうことでしか、世界中の先住民の伝統性を継承していけないのであろうか?

ただ、アフリカ熱帯林の森の民の場合は、今も「現在進行形」である。その動きを注視しながら、しかし、すでに述べたように、彼らの伝統的知識や技能が失われた時は、地球上の財産であり生物多様性の宝庫である貴重なアフリカ原生熱帯林を失うときであるということを、われわれは認識しなければならない。むしろ、森の先住民の知識や技能が消失するのは、野生生物の絶滅そのものよりも早いだろう。それくらい、事態は危急である。

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