【NPJ通信・連載記事】メディア傍見/前澤 猛
メディア傍見42「じゃじゃ馬馴らし」-日経のお手並みは?
軽視された「メディア異文化」
日本経済新聞がイギリスの名門経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)を買収した。「報道の自由」を誇る〝じゃじゃ馬〟FTを、はたして日経は飼い馴らせるだろうか、あるいは手こずるのだろうか。
このニュースの初報は、7月24日の朝日新聞朝刊が1面と8面の各トップに据えるなど、各紙が大きく扱った。しかし、報道の仕方は、内外で大きく異なった。
朝日はニュースのポイントを「1600億円」や「海外・デジタルに活路」に置いて、それを見出しにしている。残念ながら、当日の問題意識はそこまでだった。しかし、この買収劇の意味を、当初、そうした「デジタル戦略」と「買収金額」という経営的側面からとらえたのは朝日だけではない。日本新聞協会の機関誌「新聞協会報」(28日付)も「グローバルな情報発信とデジタル戦略を強化するのが狙い」と報じている。
朝日は翌25日の朝刊でも2面トップで「1600億円 賭けたFT買収」という見出しで問題点を伝えている。その脇見出しに、やっと「FT変質に懸念も」と打っている。一方、毎日は、24日夕刊のトップ記事「『日本の新聞社』衝撃」に、「メディア文化が違う」という袖見出しを付けて、いち早く、買収に伴うもう一つの核心を衝いた。
実は、欧米各紙の問題提起は、下記Web版見出しのように、当初から、もう一つの核心「メディア文化の違い」の方にあった。
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【The Guardian 2015.07.23】
The Guardian view on media globalisation: good news for the Financial Times
Editorial
It may not prove easy to marry British and Japanese journalistic cultures. But in a global media world this deal makes sense
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【Reuter 2015.07.24】
Business News | Fri Jul 24, 2015 9:45pm BST
Related: Business, Japan
Nikkei and the FT – a meeting of minds or culture clash?
TOKYO/LONDON
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【ガーディアン紙 7月23日 社説】
メディアのグローバル化:フィナンシャル・タイムズに朗報
容易でなさそうな日英ジャーナリズム文化の結びつき:だが、この取引はグローバルなメディア界には意味がある
【ロイター通信 7月24日】
日経とFT-論調の結合か、文化の衝突か
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取材対象におもねるメディア?
前記毎日の記事は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルの、次の見方を引用している――
「日本のメディア文化は多くの面で、西側諸国と違う。企業や政府といった取材対象に敬意を払う傾向がある」
(辛辣な論評で知られる「FT」の買収が)「日経にとって試練になる可能性がある」
ガーディアンも「日本の主要新聞は、一般文化同様に、腐敗はしていないが、敬意を払う」と書いている。
「敬意を払う」、あるいは「敬う」(respect)の真意は「おもねる」ということだろうか。いずれにしても、厳しい論調の欧米各紙が揃って、「日経」と「FT」の報道姿勢の違いを示す典型的な事例に挙げているのが「オリンパス事件」の経緯だ。
【オリンパス事件】4年前、マイケル・ウッドフォード社長が、同社の不正経理を追及すると、同社は直ちに社長を解任した。日経によるこの不正事件の報道が遅れていたため、ウッドフォード氏は、事実関係を明らかにする資料をFT記者に提供して、同紙など欧米各紙によってニュースが大きく報道された。
上記ロイター電は、この報道経緯から生じたFT内部の懸念を、次のように報じている。
「ロンドンのFT記者は、匿名を条件に、こう語った――日本のジャーナリズムと読者層は大きく違う。この問題は、東京の支局ではとくに深刻になりそうだ。日本株式会社(Japan Plc)にどう向き合い、どういう報道スタイルをとらされるのだろうか」
「日本株式会社」という古い用語による概念が、いまでも欧米メディアでは生きていて、興味深い。たまたま、少し前に、毎日新聞(4月2日)は、次のような解説記事を載せていた。
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【なるほドリ】戦後70年 「日本株式会社」って?
◇官民一体で成長、米の批判受け影潜める
Q 「日本株式会社」が高度成長を支えたって聞いたけど、何のこと?
記者 日本の経済運営を会社組織になぞらえて表現した言葉です。戦後、政府がものづくりを軸に据えた産業政策(さんぎょうせいさく)を強く打ち出し、民間企業を引っ張って経済成長を遂げようとした体制を示すことが多いですね。
…戦後、岸氏は57年に日本の首相となり国主導の経済体制を推し進めました。
Q 岸氏の孫の安倍晋三首相の政権はどうなの?
記者 経済成長を図る安倍政権が法人減税を進める一方で、経済界に賃上げを求める姿勢は「日本株式会社」を思い起こさせます。ただ「政府の役割は規制緩和にとどめるべきだ」との見方も強く、今後の政策運営が注目されます。(回答・竹地広憲。経済部)
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そういえば、こうした「日本株式会社」式空気は、今でもメディア界を覆ってはいないだろうか。産業界への気配りからか、製品の欠陥を「不具合」と言い換え、見通しが暗くても「不透明」などと誤魔化す日本的メディア文化は、むしろひどくなっている傾向さえある。
デジタル版に載る本音?
ところで、朝日新聞は、遅ればせながら28日朝刊(6面)で、ウッドフォード氏とのインタビュー内容を中心にした囲み記事を掲載し、上記欧米各紙の報道に沿った報道をしている。
ただ、この記事で、さらに興味深いのは、同紙の紙面は見出しを「オリンパス元社長、FT買収に懸念『ジャーナリズムにとって悲しい』」としている。しかし、デジタル朝日では、記事のアクセントが随分違う。見出しは、ずばり「…FT買収に懸念『日経は企業と親密』」となっている。
本文の内容もデジタルの方が詳しく、厳しい。ウッドフォード氏は「日経は、日本の大企業への批判の先頭には立たない。その観点では日本のメディアの中で最悪だ」「日本人は、FTのような自由な気風の下で働く西欧人を管理するのが不得手で、それも日経にとっては問題だ」と語っているが、こうした率直な批判は、本紙記事ではカットされている。
各紙によると、日経の喜多恒雄会長は、記者会見で「FTの経営や報道のスタイルを変えたいとは思ってはいない」と語っているが、同社は、この「自由な気風」の西欧ジャーナリズム文化を、どのように生かしていけるのだろうか。1600億円の投資は、一般産業の買収より、はるかに困難な経営が伴う。とくに編集権の尊重という厚い壁がある。
日経が今後直面するだろう貴重な体験が、日本メディアの目を世界に広く開かせる契機となって、「報道の自由」ランキング61位(2015年「国境なき記者団」公表)の日本のジャーナリズムを、せめて34位のイギリスにまで引き上げることを期待したい。
(2015年7月31日記)
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