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【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照

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一水四見(25)
「すばらしい新世界」から「ビッグブラザーによる世界の内戦化」へ(3)

2015年9月24日

トマス・モーア(1585没)はヘンリー八世の離婚問題に反対して処刑されたが、イギリスにおける「すばらしい新世界」の思想の始点といってよい。

彼の構想した理想郷「ユートピア」は「この世にあらざる世界」であるが、「この世にあらざる」ことは、すでに「人工性」と「反自然性」を内包している。

古代ドイツに起源をもつアングロサクソン民族に内包されている観念性・人為性・人為性・反自然性の情念は、科学技術発展の基礎情念でありイギリスにおいて縁起的に開花していったが、メアリー・シェリーの人造人間の怪奇小説『フランケンシュタイン』(1818年)も、この情念の延長にあるだろう。

そして ハクスリーの「すばらしい新世界」はユートピアの意味がさらに反転されたディストピア(逆ユートピア)の世界である。

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物語は、A.D.(紀元後、つまり’われわれの主の年に’=イエスの生誕以後)に代わって、「A.F. 632 (フォード後632年)」にはじまる。

フォード自動車は機械文明の象徴である。

この世界では「世界政府 (the World State)」の下に人間はプログラム化された生活をおくる。

人間は培養ビンの中で「製造」され「選別」され、家族生活が否定されてフリーセックスが是認されている。

要約するに、「すばらしい新世界」とは、技術的に人間が加工され、少数の支配者らは、大衆の脳神経を支配することにより支配権を確立し、伝統・歴史と自然言語の破壊が行われている世界である。

旧世界の自然言語の代表がシェークスピアの英語に象徴されている。

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では、オーウェルの『1984年』の世界はどうか?

『1984年』は, Big Brother, 二重思考(doublethink), 戦争は平和、自由は隷属(War is Peace, Freedom is Slavery), 思想警察(Thought Police), などの言葉で欧米のジャーナリズムでもっとも引用される頻度の高い作品の一つである。

ハクスリーの『すばらしい新世界』のタイトルは、シェークスピアの「テンペスト(嵐)」から採用され、旧世界の「自然の意識」を保持している野蛮人ジョンはシェイクスピアの全作品の愛読者である。

一方、オーウェルの『1984年』は、当初のタイトルは「ヨーロッパ最後の人(The Last Man in Europe) 」であったが、オーウェルは原稿完成の年の1948年の最後の二桁を倒置して「1984」とした。

「ヨーロッパ最後の人」から「1984」となって、タイトル自体がデジタル化し無機質化し、しかも倒錯した世界を暗示している。

『1984年』は、特に明治維新後、欧米の翻訳思想文化を主流とした、散漫な日本思想の流れと比較すれば、常に先駆者の作品を参考にして、そこに新たな思想を埋め込んでゆくイギリス経験主義の重層化した伝統が息づいているイギリス文学の典型である。

言い換えれば、本書は、剽窃と本歌取のすれすれの境界において創作された、イギリス政治文学または文学的政治哲学の至芸といってよい。

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『1984年』の構成と内容に、はっきりとした影響を与えている現代作家の作品はつぎのとおりである。

* ザミャーチン『 我ら』(執筆年;1923?)原文ロシア語。当時発禁図書。レーニン批判。オーウェルは本書のフランス語訳を読んだ。

* ハクスリー『 すばらしい新世界』(1932)。

* ケストラー『 真昼の暗黒』(1940)最初の原稿はドイツ語。スターリンとソ連共産主義批判。

* バーナム『 管理革命・世界でなにが起こっているのか』(1941)著者はトロッキー主義者から対ソ強硬論者へ転向。

他にオーウェルは以下のような文献も参考にしていた。

*(著者不明)『 シオンの議定書』(1905)。

* J. ロンドン『 鉄の踵』(1908)。

* トロッキー『 裏切られた革命』(1937)。

『 シオンの議定書』は陰謀論の最たるもので、今日まで息づいているユダヤ陰謀論の流れをつくった。

オーウェルは、ユダヤ陰謀説は否定しているが、オーウェルが密接に交際していた知識人は、ケストラーを始めほとんどユダヤ系である。

以上を総括すれば、「我ら」は「すばらしい新世界」をめざして「真昼の暗黒」を経験し「管理革命」の下におかれて「1984年」に凝縮されたわけである。

そこで『1984年』の内容は、科学的知識を主調とした『 すばらしい新世界』よりも、さらに複雑であり、今日の政治・軍事・宗教・技術の根底に流れている、オーウェルのいう「人間性の品位(human decency)」に挑戦する様々な負の要素が 暗示的に描かれている。

『1984年』で明示または暗示されていることは、現代において、ほとんど実現される方向で世界は動いているようにみえる。

『1984年』の世界は、監視社会化した管理社会であり、歴史が改竄され、言葉の概念が二重性をもって支配者の意図が絶対に知られないようになり、社会は上層・中層・下層に三階級に分けられ、しかも特に中層階級の人々には密告が奨励されている。

世界には、つねに対立と闘争が維持されている。

個人は数字のIDで管理される。

やがてはナノテクノロジーの発達で、各人の個人情報が時々刻々インプットされる極小のIDチップが身体の一部に埋め込まれないとも限らない。

人々は、自然言語のシェークスピア作品を読むことが禁止され、 Newspeak なる意味に陰影のない簡略化された無機質の英語が使われ、思考能力の無力化が図られる。

『1984年』の世界では、国家間と国家内とを問わず、常時対立状況が温存されており、しかし、戦争があっても、それは従来の戦争ではなく「まやかし(imposture)」であるという。

『1984年』でおこなわれる戦争は、一国が他国を一定の理由で攻撃するといような旧来の戦争ではない。

すべて戦争は、まやかしである (the entire war is spurious.)。

現在の、米中間の対立はどうか?

「中国を仮想敵国とする、中国が日本を占領する」、などと考えている政治家がいるとしたら、『1984年』の高度に狡知な支配層の戦略図の一部に描かれた凡庸な戯画である。

中国の拡張は、暗黙の内に「彼らに」是認されていることかもしれない。

アメリカ政府の発表は、アメリカ政府を超えるビッグブラザーの意図の観測情報かもしれない。

常時対立状況を温存することを意図している『1984年』の世界では、支配者自身が巻き込まれないために、従来の国家間の戦争を止めて、世界規模の各地での内戦化が謀られている可能性がある。

いずれにせよ『1984年』において行われている政治支配は、当時オーウェルが知り得る限りの、想像しうる限りの悪の政治イデオロギーの内容を構造的に抽出し再構成された西欧の政治的イデオロギーの病理である。

***

オーウェルの暗示した政治世界は、様々な形で実現される方向に世界は動いているようだが、オーウェルの予想しなかった状況が、飛躍的に発達したコンピュータ技術と恊働した金融支配である。

戦略は戦術の上位概念であるが、『1984年』を地球規模の戦略思想というならば、現在、各国の政府の下で考えられている「戦略」は、すべて地域的、役所的利害感情にもとづいた戦術以下の内部的合意に過ぎなくなる。

日本人の「積極的平和主義」は、世界標準からすれば戦術にも価しない、単なる日本語内の「すばらしい」作文に過ぎないことになる。

『1984年』の世界支配の原理を研究するなら、本書中の「寡頭集団支配の理論と実践」と本「小説」が終った後におかれた「ニュースピークの原理 ( The Principles of Newspeak)」を研究する必要がある。

***

『1984年』は、陰謀史観であろうか。

もちろん、本書は「Nineteen Eighty-Four 」のタイトル頁に「A Novel」とわざわざ断りをいれているから、小説に過ぎない。

しかし、時に「事実は小説よりも奇なり」。

『1984年』の叙述が迫真性をもっているのは、オーウェルの父親が大英帝国下のインドでアヘン局に勤務していたことや、オーウェル自身がビルマで警察官をしていて植民地支配の実体を体験していたこと、スペイン政争に参加した体験をもっている

こと、ナチスとスターリンの時代に生きていたこと、などに加えて、彼の人間関係に関わっている。

本書を読む前の準備として、オーウェルが関わっていたイギリス知識人の「ジギル博士とハイド氏」的性格に慣れてアングロサクソン的性格の生態を一瞥した方がよいかもしれない。

そして、特に戦後日本の知識人の常識的正邪・善悪の判断を停止して、善悪は「即非」の仏教的縁起思考による理解を必要とする。

イギリス富裕層の一部に潜む知識人たちの名状し難い享楽主義、そしてオーウェルも認める偽善性は、日本の代表的知識人とは比較にならない。

愛国者オーウェルはあえて語る、「偽善さえも(イングランドを守っている)一つの強力な安全装置である」と。

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偽善の知識人の典型が、A. ブラントだ。

彼はナイトの称号を持つエリザベス女王の美術顧問であり、ケンブリッジ大学で学生らに真実の尊さを説く一方、特に画家や肉体労働者を愛好する同性愛者であり、永年にわたるソ連のスパイであった(因に、オーウェルは自然の同性愛感情を否定しているわけではない)。

そのブラントをスパイに仕立てていたと目されている人物が(同性愛者とみなされている)ケンブリッジ大学の著名な古典学者ガウ (A.S.F. Gow) だ。

しかもガウは、オーウェルのパブリックスクールのイートン校在学中の指導教官である。

当時のケンブリッジ大学には「使徒 (the Apostles)」と呼ばれる秘密結社があり、A. ブラント、ケインズ(経済学者)、ウィトゲンシュタイン(哲学者)らが明らかにされた著名な会員であった。

A.ブラントと同一の男性の愛人を共有していたガイ・バージェスはスパイとして摘発されて自分の活動について告白したが、「結社」については固く口を閉ざしたという。

そして、ケンブリッジ大学で、A. ブラントは V.ロスチャイルドの親友であった、といわれる。当時のイギリスを中心とした権力と金融の状況は、イギリス王室、ウィンザー公爵、ナチス政権、ケンブリッジ大学の秘密結社、チャーチル、ロスチャイルド家、ソ連など、 そしてバチカンをも含めて、 それらが相互に密接な関係にあったことであり、それにさらにアメリカを中心とした様々な勢力が関わっていたことなどは、信頼できる文献で明らかにされている。

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「ビッグブラザーによる世界の内戦化」は、世界的事実だろうか?

「ビッグブラザー」の定義にもよるだろう。

Follow the money ! 大きな金の流れを追求せよ!

このような状況で漁父の利を得ているのはだれか。

世界の「内戦化」がすすめば、地球規模の秩序を求めて世界政府が必要とされる流れを助長されてゆく。

「世界の内戦化」がおこなわれても、実際の殺戮を伴う内戦の最中にある人々は少数で、大多数は様々なレヴェルの幸福を感じているし、彼らは不幸な状況にある人々の存在を感じないようにプログラムされているから、旧世界のような暗い悲惨さはない。

ケストラーの「真昼の暗黒」は、いまだ「暗黒」が実感できるが、「1984年」では、「暗黒」もない世界である。

『1984年』の「世界的事実」は、人間の意味の数値化が進み、顔の無い感情をもたない金融という暴力が、伝統と歴史の意味を無力化し、様々な軍産複合組織を動かし、独裁者を育てたり破滅させてゆく。

『1984年』において、新言語 (Newspeak)が旧言語 ( Oldspeak ) にとって代わるのは2050年を予定している。

それは新たな「すばらしい新世界」の始まりである。

(2015/09/18、記)

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* 参考文献:

Bernard Crick: George Orwell Nineteen Eighty-Four, With a Critical Introduction and Annotation by Bernard Crick.

Barrie Penrose and Simon Freeman: Conspiracy of Silence, The Secret Life of Anthony Blunt.

John Colville: The Fringes of Power, 10 Downing Street Diaries 1939 – 1955.

Peter Wright, Former Assistant Director of MI5 with Paul Greengrass:  Spy Catcher, The Candid

Autobiography of a Senior Intelligence Officer.

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