【NPJ通信・連載記事】高田健の憲法問題国会ウォッチング/高田 健
今後の戦争法廃止のたたかい~2015年「安保」闘争の中間総括と関連して
●<敗北感><挫折感><失望>などではない、広範な市民の<確信>
前回、「戦争法に反対するたたかいの経過と展望」について書いた。http://www.news-pj.net/news/30423
その中で今回の戦争法制に反対する運動の特徴について総括的に書き、今後の展望について若干触れた。前回の文章は9月19日の強行採決の直後の超多忙な中で書かれたものであり、書き切れていない点が多々あったことは否めない。今回はその補足を試みたい。
筆者はこの間の戦争法案に反対するたたかいについて、各所で「2015年安保闘争」「15年安保」という呼称を使っている。たしかに60年「安保」、70年「安保」のたたかいは直接的には日米安保条約にまつわるたたかいであり、今回は安保条約と直結する日米ガイドラインの問題とは切り離しがたく結びついた闘いではあったものの、直接的には戦争法=「安保法制」に関わるたたかいであり、多少の違和感が残るのであるが、とりあえず便宜上、この呼称を使うことにしたい。
2015年9月17日から国会を徹夜で包囲する市民の反対の声の中で、9月19日未明、参議院本会議で強行「採決」が行われた。この「採決」は議事録に「議場騒然、聴取不能」としか書いてなく、後に委員長が補追したという前代未聞の事件をめぐって、「採決の事実はなく、無効だ」という指摘は有力で、この問題は未解決であるが、与党は既成事実化しようとしている。しかし、大多数の憲法学者、法曹関係者、歴代の内閣法制局長官経験者らが指摘したとおり、この戦争法は憲法違反である。憲法違反の法律は憲法第98条1項(この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない)に見られるとおり、無効である。にもかかわらず、9月19日以降、憲法9条と違憲の戦争法制が併存する時代に入った。この戦争法によって憲法9条は大きな痛手を被ったが、「どっこい生きてる」のである。そして、この戦争法に反対する運動はあの強行「採決」の9月19日以降も継続されており、いわば「中締め」にすぎない。
9月19日以降の運動圏を見ていて、共通することは60年安保、70年安保の後に見られたような「敗北感」「挫折感」がほとんどないことである。思うに、それはこの間の戦争法案反対運動の広範な高揚の中で培ってきたものなのではないか。市民たちが「まだまだ、闘い続ける」「ここであきらめることはできない」と決意している裏付けには、この間のたたかいが生み出したもの、勝ちとったものへの確信がる。
●<確信>はどこからきたのか
この特徴を本誌前号で筆者は以下のように具体的に指摘した。
今回のたたかいには実に多様な分野や階層の人びとが、全国各地で立ち上がった。(中略)
このかつてないたたかいを生み出す契機になり、また牽引してきたのは「戦争させない、9条壊すな!総がかり行動実行委員会」だったことは明らかである。
総がかり実行委員会は、従来はさまざまに立場や意見の違いもあった、戦争をさせない1000人委員会、解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会、戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センターが、2014年春以来のそれぞれの闘いを基礎に、2014年12月15日に発足させたもの。以降、総がかり実行委員会は積極的に戦争法案反対の共同行動を提起し、全国的にも集会や街頭宣伝などにとり組みながら、国会内の野党各党に対する共同行動の働きかけに熱心に取り組んだ。
この呼びかけ3団体に加えて、これに2015年5・3憲法集会以降は、さらに安倍の教育政策NO ネット、一坪反戦地主会・関東ブロック、改憲問題対策法律家6 団体連絡会、国連人権勧告の実現を実行委員会 、さようなら原発1000万人アクション、原発なくす全国連絡会、首都圏反原発連合、戦時性暴力問題対策会議、全国労働組合連絡協議会、全国労働金庫労働組合連合会、脱原発をめざす女たちの会、日韓つながり直しキャンペーン2015、「慰安婦」問題解決全国行動、反貧困ネットワーク、「 秘密保護法」廃止へ!実行委員会、mネット・民法改正情報ネットワークなどが、それぞれの固有の課題の枠組みを超えて実行委員会に加わった。
そして8・30大集会の呼びかけには、賛同協力団体として安保法制に反対する学者研究者の会、立憲デモクラシーの会、SEALDs(シールズ)、「女の平和」実行委員会、戦争法案に反対するママの会、戦争法案NO!東京地域ネットワーク、戦争法案に反対する宗教者・門徒・信者国会前大集会、NGO非戦ネット、止めよう!辺野古埋立て9・12国会包囲実行委員会などが名を連ねた。
これらの共同の努力によって、総がかり実行委員会は、現状では戦争法案に反対する人びとのほとんどすべてが結集するような運動体となった。総がかり行動実行委員会の運動は全国各地に影響をあたえ、続々と新しい共同行動組織がうまれていった。これは実に画期的な共同行動であった。(中略)
この実行委員会が(全国一斉街頭宣伝や)インターネットやマスメディアへの連続的広告掲載などによって運動を伝播させ、一層広範な市民個人の参加を可能にし、動かしたと言えよう。
上智大学の中野晃一教授はこの総がかり実と、学者の会、立憲デモクラシーの会、シールズなどとの関係を「掛け布団と敷き布団の関係」にたとえた。「(新しい運動が掛け布団、長年つづく運動が敷き布団)多くが政治への不満を募らせる『寒い時代』には掛け布団が重ねられる。でも誰も気にとめなくても、敷き布団がなければ体が痛くて眠れない」と(朝日新聞8月31日)。
数十年ぶりといってよい歴史的スパンで国会周辺を中心にした全国津々浦々で広範に闘われたこの2015年安保闘争が、運動の参加者、運動を担った人びとにもたらした「確信」の裏付けはここにある。
●しかしながら当面する事態は容易ではないこと
ある自民党の国会議員は「みんな、餅を食ったら忘れるさ」と言ったという。文字どおり、これを地で行ったようにすでに10月21日、憲法第53条の既定(内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない)にもとづいて4分の1以上の衆院議員=125名が連名で要求した臨時国会の開催に対しても、安倍内閣と与党は応じようともせず、首相は外遊に出発してしまう始末である。これは極めて異例のことであり、憲法を生かすのであれば、臨時国会の開催は当然のことであり、不可欠である。戦争法の廃止法案をはじめ、沖縄辺野古の埋め立て、原発再稼働、TPPの問題や、閣僚の適確性など、問題が山積しているにもかかわらず、議論を避け国会を開かないという安倍政権の姿勢は言語道断である。
運動は一旦収束すると、そのまま右肩上がりですすむわけではないことは、多少経験をした人なら誰でも知っていることである。しかしながら、前述したように、「強行採決」以降も、各地で集会やデモが継続していることは驚くべきことである。実際、総がかり行動実行委員会は19日未明の行動につづいて、19日午前の国会正門前集会(400名)、9月24日の国会正門前集会(5000名)、10月8日の屋内集会(1750名)、10月19日の国会正門前集会(9500名)と行動を続けているし、新宿駅などでの街頭宣伝を始め、全国各地で行動を続けている。SEALDsなどをはじめ、他の団体もさまざまに行動を展開している。
しかし、安倍内閣が第3次内閣を組織したり、TPP交渉の「大筋合意」なるものを鳴り物入りで宣伝する中で、世論の動向に一定の変化が出ていることも見逃せない。朝日新聞社が10月17、18日に行った全国世論調査(電話)では、安倍内閣の支持率は41%(9月19、20日の世論調査は35%)と上昇し、不支持率は40%(同45%)だった。戦争法(安全保障関連法)は「賛成」が36%(同30%)に上昇し、「反対」は49%(同51%)となった。これには「強行採決」という既成事実づくりと、TPPへの参加の「賛成」は58%、「反対」21%等が影響していると考えられる。来年の参院選に備えて、「1億総活躍社会」や「新3本の矢」など新しい政策の宣伝をはじめ、安倍政権の側も必死で世論対策を講じてくるわけで、事態は楽観できない。
すでに一部の報道に見られるように、戦争法の3月施行に伴って、南スーダンで2016年5月にも実施されるとわれていた武力行使を伴う「駆け付け警護」「治安維持・住民保護」(そのための訓練を受けた北部方面隊の派遣)活動も、参院選後まで半年ほど延期するという情報もある。
運動の側が、この間の2015年安保闘争の正反の教訓をしっかりと総括し、闘いを再構築していくことが求められる。
●残された課題~結果として、法案は阻止できなかった
2015年安保闘争に当たって、総がかり行動実行委員会などの運動は戦争法案を本気で止めるために闘ったが、結果としては法案の「強行採決」を阻止できなかった。それにはいくつかの問題点がある。10月14日に成文化した「総がかり行動実行委員会の総括」に沿っていくつか確認しておきたい。
第一、国会内枝の与野党の議席差は所与のものでは圧倒的に野党に不利であったことは言うまでもない。私たちの闘いは、主要野党(民・共・社民・生活)の結束を作り出したが、自公与党内の大きな分岐を作ることができず、強行採決を許すことになった。自民党引退組などの動きや、広島県庄原町など一部には地方保守層の離反や、創価学会員などの公明党支持層の離反も生まれたが、法案の成否に影響を与えるような大きな分岐をつくり出すことができなかったし、与党内の自公関係の亀裂も作り出せなかった。総裁選出馬の意欲を示した野田聖子らの動きが政財界を動員してつぶされたことを見ても、安倍晋三1強体制を崩すことができなかった。
世論調査における安倍政権の支持率や法案支持率の問題では、異常に高かった安倍政権の支持・不支持率はこの間の闘いの中で逆転させたが、支持率が30%台以下には下がらなかった。世論調査で法案反対が60%、今国会採決反対が80%あったにもかかわらず、これを結集することが必ずしもできなかった。それでも産経新聞が9月12、13日に実施した調査で 「安保法案に反対する集会やデモに参加したことがあるか」との質問に3.4%が「ある」と答えた。実に有権者比で350万人である。さらに、デモ・集会に「今後、参加したいか」との質問では、回答者全体の17.7%がデモ・集会に参加したいと考えていた。さきの3.4% と合わせる と、5人に1人が安保法案反対のデモ・集会に参加した経験があるか、参加したいと考えている。有権者1億人に当てはめれば 2000万人である。これらを組織化しきれなかったのではないか。これはデモに出るほどの余裕すらない非正規労働者層や、中小零細企業家層を組織する課題と不可分ではないだろうか。加えて、社会的多数派に切り込むとすれば、アベノミクスに期待するサラリーマン層など(主観的なアベノミクス勝ち組)への浸透が困難だった。労働運動ではごく一部でストライキが行われたり、大手の労組の一部が旗を持ってデモに参加したことも見られたが、全体に職場での運動は作れていない。まして職場の組合が街頭で市民と合流して共同で人びとに働きかける運動は本格的には形成されなかった。私たちが取り組んできた街頭の反応が尻上がりに高まってきたことや、女性週刊誌の報道など専業主婦層の関心の高まりは、必ずしも運動に呼応しなかったこれらの層の家庭に食い込む上で貴重な経験であり、あと一歩の努力が足りなかったのではないか。
●わたしたちは今後、どうたたかっていくか
総がかり行動実行委員会の総括は以下のように提起している。
戦争する国・軍事大国化、新自由主義路線に基づき貧困と格差を拡大する安倍自公政権と対決し、平和、民主主義、立憲主義、憲法、人間の安全保障の確立めざして、すべての勢力、市民と連帯して下記のとおり、闘います。
(1)課題としては、
① 戦争法廃止・発動阻止の取り組み、②立憲主義・憲法擁護の取り組み、③沖縄・脱原発、④人間の安全保障を視野に入れての取り組み、⑤戦争法廃案で奮闘した野党との連携強化⑥諸団体、市民との連携した取り組みの強化、その他、としている。
(2)具体的取り組みとしては、
総がかり行動実行委員会の組織の強化と運動の継続・拡大しながら、①毎月19日行動の取り組み、②戦争法施行・具体化に対応した集会・抗議行動の取り組み、③違憲訴訟支援の取り組み(差し止め訴訟も含めて)、④2016年の5・3集会をめざし、2000万筆以上を目標に統一した請願署名行動に取り組み、戦争法廃止、憲法擁護の国民世論の盛り上げと結集をはかる。⑤沖縄、脱原発課題、人間の安全保障課題を視野に連携した取り組み、⑥参議院選挙に向け、野党との連携強化・支援する取り組み、その他、としている。
総がかり行動実行委員会の方針は以上のようなものであるが、若干、私見で補足すると、当面して、私たちの市民運動の目標としては、あくまで戦争法廃止、憲法守れの広範な非暴力的市民行動を組織し、世論に働きかけることを軸に置きながら、国会内の野党との積極的連携をはかり、安倍政権の退陣、政治の転換をめざすということにある。この意味に於いて、総がかり行動実行委員会がいま提起している2000万人統一署名運動は決定的意義を持つものである。
いま日本共産党は戦争法廃止、立憲主義擁護の「国民連合政府」を提唱している。この間の2015年安保闘争の経験の上に立って、従来の同党の主張の一部転換を含む積極的な提案に踏み切った努力に敬意を表したい。
同時に10月16日に民主党が呼びかけ開催された「安保法制反対諸団体との意見交換会」は、今後できるだけ頻繁に定期的に開催することを申し合わせており、この努力も支持したい。
今回、共産党の提案を支持している生活の党の小沢一郎代表はもともと「オリーブの木」構想を主張している。それは「次の参院選を統一名簿による選挙、つまり『オリーブの木構想』で戦うことだ。単なる選挙協力や選挙区調整と考え方が根本的に違う。選挙時の届け出政党を既存の政党とは別に一つつくり、そこに各党の候補者が個人として参加するものだ」(朝日新聞10月2日)。
このオリーブの木構想にしても、共産党の「国民連合政府」提案にしても、目下のところ、必ずしも野党全体の合意となりにくいようであるが、要はこれらのさまざまなイニシアチブを通じて、次期参院選での選挙協力も含めて戦争法廃止をめざす共同が進展し、うちかためられていくことこそ必要である。これらのさまざまな協議の過程で、当面、戦争法の廃止に向けた有効で、有意義な、一致できる道が探り当てられなければならないのである。その前進のための一歩が大きな幅であれ、多少小さな幅であれ、それは努力の結果であり、問わない。連合政権が可能であれば、それに超したことはないが、この問題で民主党、共産党の「合意」ができない場合は、次善の策の選択が必要になる。
参議院選挙は院の半数=121議席(比例代表48、選挙区73)を争うものである。選挙区のうち、1人区は32選挙区あり、2人以上は13選挙区(42人)である。1人区は全国の3分の2以上の地域を占めている。マスコミでは過去の参院選の各党の得票数のシュミレーションが盛んに行われ、選挙協力がそれ実現すると7選挙区で与野党逆転になると報じているが、それは必ずしも当たらない。1対1の選挙は野党統一候補により票が集中するのは明らかで、もし野党共同が成立すれば全小選挙区での勝利を目標にしても、あながち的はずれではない。この場合、複数区と比例区はできるだけ調整された方がよいが、各党が自力で取り組めばよい。次期参院選での野党の勝利は安倍内閣に痛撃を与え、衆議院選挙がらみでの安倍政権の退陣は現実のものとなりうるし、戦争法廃止への道を開くことになる。
いずれにしても、この間の市民運動の高揚と世論の大多数は、戦争法の廃止と立憲主義の確立を望んでおり、各野党はこの声を反映した参院選体制を作る責任がある。
私たちはいま提起している2000万人統一署名を強力に推進することと合わせ、野党と市民のさまざまな協議の場を通じて、こうした方向に積極的に協力していきたい。
(高田健 「私と憲法」174号所収)
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