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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ
第46回「熱帯林養成ギプス-コンゴ人研修プログラム その3」

2015年12月24日

▼コンゴ人研修者の躍進

前連載記事での紹介したように、コンゴ人の研修者の中には優秀な存在も出てきたし、その何人かは、20年を経た今、こちらのプロジェクトで重要なポストに就いている。

森の中で研修中の二人の若手コンゴ人©西原智昭

森の中で研修中の二人の若手コンゴ人©西原智昭

しかし、無論、一筋縄ではいかなかった事例もある。

現在40代半ばを過ぎている、あるコンゴ人青年に出会ったのは、1994年のことであった。ぼくがちょうど、コンゴ人の若手研究者育成のための「研修プログラム」に着手しようとしていた頃である。

首都ブラザビルに着いてから、ぼくは早速コンゴ共和国森林省の当時の対応者に会い、その方がぼくに紹介したのがその青年であった。彼は、ブラザビルの大学で直接の指導教官であったその森林省の対応者からぼくの「研修プログラム」計画の説明を受け、それに参加することに合意した。彼は見るからに頑丈そうであったし、森林省対応者の推薦する若者であるゆえ期待するに値しそうであった。実際彼は大学の森林学部を卒業し、卒論の際にたまたま短期間森に行く機会に恵まれ簡単な調査も実施したことのある経験者でもあった。

1994年前半、青年は、ンドキにおけるぼくとの共同研究を通じて、簡単で基礎的な生態学の調査法を習得していった。大学を卒業しても就職チャンスのなかった彼には、調査諸経費のみならず多少の「無償奨学金」も給付した。短い期間ではあったが彼には現場での成果があったようであり、野生生物の研究とその方法、熱帯林生態系システムの仕組み、国立公園とそこに生息する野生生物の保護に興味を持ち出した様子であった。なによりも、ものごとの理解の早い青年であった。

この研修期間のあと、WCSはヌアバレ・ンドキ国立公園内の湿地性草原バイに出てくる動物のモニタリングのコンゴ人共同研究者を探していた、当時のWCSコンゴ共和国局長・マイク・フェイは、この青年を雇い上げる旨をぼくに申し出てきた。彼にとっても興味を持ち出した野生動物の調査研究の分野で、しかも多少の謝金を受け取りつつ、継続的に仕事をできるというのはまたとないチャンスであった。彼に研修に関わったぼくとしても、そうした彼の成長と躍進は限りなく喜ばしいことであった。結果的に、青年はそのモニタリング調査に2年ほど関わることになったのである。

そうした経験を買われ、以来、青年はWCSの正式な契約者となり、WCSの中でさらに重要なポストで仕事を続けていくことになる。国立公園管理・運営に関わる事務的仕事、対密猟者パトロール隊のチーム頭、周辺地域の簡単な住民調査、そして別のバイでのモニタリングなどである。給料はWCSから受けているとはいえ、この青年は国立公園の調査・保護・運営諸方面に向けて、コンゴ共和国の民間人としていわば責任者のひとりにまでなったのである。

森の中で先住民ガイドと調査研究を実施中の青年(手前)©西原智昭

森の中で先住民ガイドと調査研究を実施中の青年(手前)©西原智昭

▼突然のリタイア

この青年が熱帯林研究と保護に携わるようになってから約10年後、突然次のような情報が入ってきた。「奴はもうこれまでのWCSでの仕事をやめて、近隣の伐採会社に就職した」と。悲しいというよりむしろ驚きだった。研修中のわれわれとの共同作業の成果や、本人の努力、そしてWCSでの躍進はなんだったのであろうか、とぼくは思わざるを得なかった。そのメッセージの文脈からすると、彼は自らの決断でこれまでの仕事を放棄したようである。給料が絶たれたわけでもなかった。ただ内部対立のような事情もあったということだ。

彼にとって、「自国の熱帯林とそこに生息する野生生物を研究し保護する」ということは何であったのか。そうすぐ簡単に、「保護」とは立場を異にする森林伐採の仕事に転進できるものなのか。いったいなにが彼をそうさせたのであろうか。

▼コンゴ共和国省庁関係者の本音

以前、国立公園から最も近い州都であるウエッソという町にて、そこの森林省・州局長と面会したことがある。彼のような地位にある人物はたいてい外国に留学しどこかで修士号を取得している。しかし自国の現場をよく知っているかというと必ずしもそうではない。ぼくは国立公園やその周辺部で起こっている象牙目的のゾウの密猟の現状について彼に報告した。彼としてもそうした実情に何とか手を打ちたい様子であった。しかし彼の言ったことは次のことばだった。

「わかった。でもわれわれには人材も資金も不十分だ。車やボートなどの移動手段やそのための燃料もないから、パトロールや現地調査も実現することができない」。

この局長は他のコンゴ人に比べれば恵まれた境遇かもしれない。一応国家の役人として「定職」がある。しかし、その定期収入も滞りがちであるだけでなく、実質的な仕事を動かすほどの予算が割り当てられていない。本人も現場に行くチャンスがない。やはり外部からの資金援助に頼らざるを得ない。局長は政府関係者という立場ではあっても、経済的事情に窮している現状は変わりない。

一方、首都の森林省本部から国立公園に派遣されている現場担当の役人は、自分の国にとって伐採などによる経済的発展も重要なことながら、その一方自国には手付かずの原生林があり、数多くの野生生物が生息しており、その生物多様性は地球の財産でもあることから、自然保護も今後重要な国家政策のひとつである、と述べたことがある。

ところでぼくは彼をよく知っている。森のことを本当に知っているかというとそうでもない。なにしろほとんど熱帯林を歩いていない。とすると、彼のこうした発言のよりどころは、現場での経験に基づいた説得性のある意見であるというより、どこからか耳にした受け売りの情報、あるいは本などで勉強したテキスト通りのことばだといってもおかしくはない。

果たして、こうしたコンゴ共和国の省庁関係者の例にも見られるように、熱帯林や生物多様性の重要性の認識、さらにそのうえにある政策としての「国家戦略」などはコンゴ人自身に根付いているものなのであろうか、あるいは根付き得る代物なのであろうか。

▼よそ者のエゴ

熱帯林に伝統的に依存してきた森の先住民の人々が、伐採など彼らにはどうすることもできない諸外国からの外圧によって彼らの周囲の環境が崩壊・消滅していく中で、何らかのジレンマに陥っているかもしれない、ということは現場でないとわかることではない。ぼくは長年のアフリカ滞在中さまざまな知識人や役人に会ってきた。しかしながら、こういった素朴なことに気付く感性をもつ人は稀であった。たいがいの人は、熱帯林に依存している先住民の連中は粗野で原始的、不潔な奴らであるといったくらいの乏しい認識しかないのである。そこにあるのは現場からの生の情報ではなく、又聞きによる先入観だけなのであると思わないでいられない。

アフリカ熱帯林を所有している国々の中で、経済的に豊かでなく、政治的にも不安定な国々こそが、「生物多様性」を保持している。地球規模での「生物多様性保全」という認識に立てば、経済的に比較的余裕のある先進国が資金面を支持しつつ、当地国の人々の研修や彼ら自身による調査研究あるいは国立公園管理体制というものを共同で確立しサポートしていくのは急務の課題であろう。そのとき、上記で述べた先住民の在り方への深慮も不可欠である。そうした過程を通じてこそ、実質的に「根付いた」「国家戦略」が生まれてくる素地ができあがるにちがいない。

こうした国々に対し、われわれ先進国は、そして今や新興国も、かたや木材や鉱物資源を目当てにした開発を謳い、かたや自然保護を訴える。経済的に困難な問題を抱える国家としては、経済効果が最大限に上がるのであれば、極端な話、どちらでもよいのである。基礎調査やそれに基づいた保全概念が根付いていない現在、それはなおさらである。政府関係者だけでなく、民間人や土地の人々にとっても状況は同じである。むしろわれわれよそ者は彼らを戸惑わせている、彼らにとってひとつの森を、一方では開発し一方では守るなどと勝手に嘯いている、とも受け取られかねないのである。

当地国の人にとって本質的に必要なのは明日の糧である。食料や塩、油、そして鍋や衣料品などをどうやって調達するかという切実な問題が先行する。子供を学校にやれるかどうかという深刻な事態もある。

そこに前出した青年の転進の理由の一つにあった。彼にとって8年の間に学んできたはずの「保全」への経験と考えは、より給与額のいい伐採業という開発の波にあっという間に粉砕されてしまったのである。そうした現実に一体どうして「国家戦略」などというものが、実質的に成立しえようか。所詮、コンゴ人のための、コンゴ人によるコンゴの森と野生生物の保全など夢物語なのかもしれない。

▼青年の再転身

青年はいったいその後どうなったであろうか。ぼくの想像では、彼なりの生き方で、「野生生物保全国家戦略」などとは程遠いところで、よりよい糧を求めて仕事に精を尽くしているにちがいない。彼は決して不真面目で怠惰な男ではない。彼自身の経済的困難さと外部からの保全だ開発だという身勝手な押し付けから、そこには彼自身の明瞭な方針も「研修」による教育の効果も生じなかった。だからこそ、給与のよい伐採会社に転身した。

あるいは逆に、伐採会社がつぶれたなどの場合によっては、この青年もまた「保護側」に転進するかもしれない。彼はまるで、われわれの手のひらの上で踊らされているだけのようにも見える。いったいわれわれは「地球規模での環境保全」を真剣に考える時期にきているのに、何をやっているのであろうか。

そして、実際、彼は今年2015年にWCSに戻ってきた。ぼくにとってはまた一緒に仕事ができるという点でひとしお嬉しいことこの上ないが、彼の人生にとっては「再転身」である。

森の中のキャンプ地での臨時テーブルでデータ整理をするコンゴ人研修者©西原智昭

森の中のキャンプ地での臨時テーブルでデータ整理をするコンゴ人研修者©西原智昭

一筋縄ではいかないのは、まさに、こういう事例があるからである。

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