【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照
一水四見 「アジア・エネルギー環境共同体構想」とアジアの夢
ソフトバンクグループの孫正義氏は、2011年8月に「自然エネルギー財団」を創設した。
「2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く福島第一原子力発電所の事故により、われわれは真剣に私達自身のエネルギー問題とその選択に直面しております。
私は、自然エネルギーの普及は人々の安心・安全で豊かな社会の実現に不可欠であるという信念に基づいて、自然エネルギーの普及促進を、政策やビジネスモデルの提言、または幅広いネットワーク作りという視点から、少しでも支援していくべく、自然エネルギー財団の設立を決意いたしました。・・・」(設立趣旨より抜粋)
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ここには脱原発を表にだしていないが、自ずから脱原発の流れを、「自然エネルギーの普及は人々の安心・安全で豊かな社会の実現に不可欠であるという信念」のもとに促していることは明白だ。
この「信念」は個人にかかわる表現だから、おおきな構想の実践に関わる場合は「理念」といってよい。
脱原発については、国民一般、福島県の被災地の住民、それに関わる政治家、電力会社、エネルギー専門家、投資家、金融業者、広告代理店など色々な立場がある。
脱原発に反対と賛成があれば、それぞれの立場に、さらにまた様々な立場と論拠がある。
私が国家的脱原発の方向性に賛同し、原発推進に反対する根拠は、一般的な立場で論ずるのではなく、1500年来持続してきた日本の伝統的価値観の生成的保持を基準にしているからである。
もう少し限定して言えば、原発推進は日本の国益に違反するからであり、さらに限定していえば 天災と戦争、テロなどの人災を含む日本の安全保障を脆弱化している事業と考えるからである。
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原発事故は、従来の水力や火力による発電施設とは、特に事故が起きた場合にまったく性格を異にする。
周知のごとく、日本の「原発」は、その導入の時点から、電力エネルギーの生産自体の目的を超えた様々な問題を含んでいた。
原発施設の用地買収にまつわる金の流れと地元民の民情の分断、安全保障、放射能廃棄物、核武装論、アメリカとの軍事関係、ウラン発掘現場の劣悪な状況、その搬送、事故が起きた場合の責任の所在、施設の警備、日本特有の「原子力ムラ」といわれる
巨大で不透明な利害集団、そして現在ではテロの問題なども、すべて深刻な問題として原発にかかわっている。
そして、原発問題のすべてに深くかかわっているのが日米原子力協定(原子力の平和的利用に関する協力のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定(Agreement for Cooperation Between the Government of the United States of America and the Government of Japan Concerning Peaceful Uses of NuclearEnergy;1988)である。
この「協定」の有効期間は30年で、2018年7月で満期となるが、日米間の「協力」とうたっているが、実は米主導の協定である。
以上のような様々な問題を抱えている日本の原発であるが、特に事故が起きた場合、当面の大量の電力喪失に加えて、 日本においては、 土壌の汚染、つまり、水と土地がいのちの維持における最重要の生活の基盤であるとする社稷を尊ぶ文化的情念としての神道の意義に関わる問題である。
ここで神道とは、国家神道とは似て非なる、日本的エコロジーの源流のことである。
「自然エネルギーの普及」の理念は、構想どおりアジア全体に及ばなくても、日本のエネルギー政策の基本となるだけでも、今後の日本の伝統と国益を守る国策である。
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ところで孫正義氏の「自然エネルギー財団」について、これをまともに批判する専門家の論文(国際環境経済研究所理事・主席研究員; 2015/02/09)が公開されているのを見つけたので読んでみた。
「自然エネルギー財団への疑問-その構造と主張-(その1) テレビ東京の再エネ特措法批判
「テレビ東京のワールド・ビジネス・サテライトが昨年(2014年)11月17日に放送した特集「国民負担2.7兆円の衝撃」はこれまでテレビ等では取り上げられることのなかった切り口で再エネの全量固定価格買取制度の経緯と現実を伝える内容だった。
東日本大震災と福島原子力発電所事故を経験し、世論は、東京電力を筆頭とする既存電力事業者への不信感と反発に満ちていた。
そこに再エネ事業の旗手として登場したのがソフトバンクの孫社長だ。
再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度導入を訴える集会で、「私の顔を本当に見たくないのであればこの法案だけは通したほうが良い、という作戦で行こうと思います」と挨拶する菅元総理、それに呼応して「粘り倒して!この法案だけは絶対に通して欲しい!」と絶叫する孫社長。
自民党や公明党も競うように再エネ事業者配慮の修正を主張し、こうして成立した再エネ特措法によって、導入からわずか2年で、認定された設備が全て稼働すれば1年間に消費者が負担する賦課金が2.7兆円と試算されるまでになった。
孫社長の笑顔の裏に計算があったのか無かったのか、それは誰にも分からない。
しかし計算であるか本能であるかは問わず、彼は知っているのだ。ゲームに勝つ方法を。」(以上、論文の最初を省略せず引用)。
そして結論の部分を以下引用する。
「本当に再エネの「持続可能な発展」を望むなら資源貧国の日本において、再エネの導入を加速すべきであることに異論はない。また、地域で再エネ事業に取り組んでいる事例など、本当に応援されるべき事業が多々あることも知っている。だからこそ、再エネを大事に育てる普及策への改善をはかり、世論が再エネ導入を支持・支援し続けるようにすることが必要だろう。自然エネルギーの適切な育成に必要な負担であれば国民の理解も得られるであろうが、自然エネルギー育成という名の下で過度な事業利益を得ることに理解は得られない。自然エネルギー事業の騎手であるソフトバンクグループ関係者や自然エネルギー財団には、ぜひ真摯な情報公開と政策提案をお願いしたい。」
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当論文は「自然エネルギー財団への疑問」が主題であり、副題が「-その構造と主張-」だ。
孫氏の立場は、スケールの大きい自然エネルギー普及の構想であり、それを経営者として責任をもって実行する立場であるとすれば、当該論文の全体を読めば、研究員のそれは、費用対効果などの経済的観点からの批判が中心である。
その経済的観点自体は、一定の資料にもとづいた客観的な論述だろう。
しかし、「再エネ特措法によって、導入からわずか2年」は、諸行無常の世界でまったなしの取り返しのつかない国難に際して、可及的に速やかな対処は当然ではないのか。
「孫社長の笑顔の裏に計算があったのか」
「絶叫する孫社長」がいつ「笑顔」になったのかはともかく、計算があって当たり前である。
「彼は知っているのだ。 ゲームに勝つ方法を。」
孫氏は、「自然エネルギーの普及は人々の安心・安全で豊かな社会の実現に不可欠であるという信念」にもとづいて私企業として壮大な事業を計画しているのだが、彼が「ゲームに勝つ方法を知っている」のかどうかわからない。
企業家の孫氏は、信念をもって決意した事業を、一応の実現可能な計画に添って試行錯誤を経ながら実践してゆくだけのことだろう。
孫氏の「自然エネルギーの普及」は、日・米・中・ロの国際政治にも深く関わる、壮大な構想であって、ゲームなどの言葉で表現できることではないだろう。
いまだもって責任の所在の曖昧な東電と違って、ソフトバンクは責任の所在のはっきりした一企業である。
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「戦略なき脱原発へ漂流する日本の未来を憂う」(澤 昭裕 著;Wedge 3月号)を読んだ。
澤氏は「再稼働に向けた動きに伴って、原子力の優越性、脱原発の不適切さを主張する関係者の声はたかまりつつある。」という。
「関係者の声」とは「原子力の優越性」と「脱原発の不適切さ」のようだ。
関係者は原発維持・推進派と考えられるが、フクシマ事故が起きて以来「原子力の優越性」が益々確認されたのだろうか。
澤氏は「将来のリスクに備えた安全装置として、今後も原子力というオプションは我が国として保持し続けるべきだと考えている。」
ここで「将来のリスクに備えた安全装置」とはどういうことなのか。
「油価変動リスク」のことなのか。
発電技術の基本においては進歩の無い、巨大な湯沸かし器の「原発」自体が「危険装置」ではないのか。
「原子力発電所は、石炭・石油・LNGと違い、工場や港湾設備の近傍に限定されない利点があり、国全体に広汎に分散している。その分布と、出力の大きさは、広域災害に対する重要なリスクバッファーとなるだろう。」ともいう。
現在の日本の原発が国中に広汎に分散し海岸近辺に設置されていることは、自然災害にせよ人為的事故にせよ、過酷事故が起きた場合は、最大のリスクを引き起こすのではないか。
「「他電源でトラブルが生じた際のラストリゾート、リスクバッファー」として、当面は原子力の維持が欠かせないと考えている」と筆者はいうが、それでは原発は副電源の役割なのか。
筆者の意図するところを正しく理解するためには全文を読まなければならないが、最後の結論の部分を引用する。
「いずれにせよ、事業者が今なお見通せない「今後の経営環境」をクリアにすることが何よりも重要だ。まずは国が事業者に対してわかりやすい「政策目標」を明示し、事業者の自主的判断を尊重しつつ、現実的な「方向付け」をしていく仕組みが望ましい」
ますます、わからなくなってきた。
事業者とは、澤氏によれば「国策民営」構造の、事故前から「空洞化」していた「完全に骨粗鬆症」であるとすれば、それが「今後の経営環境をクリアー」にすることができるのか。
全文を読んでいえることは、日本の原発問題が日米原子力協定に深く関わっていることや、安全保障、海洋汚染、放射性廃棄物の処理問題、被害者の現状、日本が地震列島であること等に、まったく触れていない観念的な文章の羅列であるようにも読める。
そして益々、「自然エネルギーの普及は人々の安心・安全で豊かな社会の実現に不可欠であるという信念」が将来の日本の国益に適っているとの信念が強まった。
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歴史的に、日本人は、地震、津波、台風などの災害には、きびしい試練であるとはいえ、積み重ねた経験がある。
3月31日に憲政会館でおこなわれた「東日本大震災・祈りの日」の式典に参加した。
そこで、女川魚市場の副理事長が被災地で、地元住民、警察官、自衛隊員が互いに助け合って、探し出された遺体を手厚く扱う現場をみて日本人に生まれてよかった、感極まるように語った。
女川町は、原発被災地ではなかったから、地元民が「悪を転じて善となす」ように一致団結して問題に対処できたのだ。
これは伝統の力だ。
しかし、原発被災地は違う。
原発被災地の地元住民は、女川町の住民のようには協力ができないのだ。
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では「福島第一原子力発電所の事故」の現状はどうか。
「首都圏で線量が除染基準の10倍近い街も…福島より放射能汚染が深刻なホットスポットが判明!・・・ 本誌では、原発事故から5年が経つ首都圏の放射能による土壌汚染を独自測定した。・・・「利根川水系の牛久沼(栃木県)、印旛沼、手賀沼(千葉県)が放射線管理区域を超える水準で汚染されていたことをリポート・・・「今回の調査で最高値を計測した千葉県松戸市の側溝は静かな住宅街にあった。側溝に線量計をかざすと毎時2.16μSvを記録した」(「週プレNEWS」;2016年3月25日)。
「(ロイター;2016年3月15日):フクシマの燃料は格納容器を通して溶解し、”放射能を吹き出している” ー 核の専門家:燃料は“当該地域一面に拡散している” ー 政府:燃料は外部の大気中へ燃焼してしまった可能性がある” ー東電幹部担当者:燃料は “火山の溶岩のように” 流出してしまった可能性がある。
「 ショックだ、 フクシマで何人死亡したかのか ー 福島の放射能関係の作業員たちの焼却された遺体が発電所近くで発見 ー 非常に高いガンの発生率が福島の子供たちに検出」(2016年3月14日)。核の専門家:“フクシマの最悪の悪夢は現実になりつつあるようだ” ー 原爆1000個分に相当する放射性物質が放出 ー 地球上のすべての人が(放射能に)さらされている…がんの増加に結果するだろう」
ワシントンポスト:“フクシマの対処の仕方をだれも知らない” ーアメリカの科学雑誌・Scientific American : 原発は“危機的モード” にある…燃料が容器を貫いて溶解してしまった ・・・政府:太平洋に(放射性物質の)投棄を示唆(以上は、ENENews; Published: March 14th, 2016 に掲載の英文の仮の訳)
「9.11のマスタープランナーは、ニューヨーク近郊の核施設へジャンボ機を激突させることを考えていた。」(The New York Times:By GRAHAM ALLISON and WILLIAM H. TOBEY;APRIL 4, 2016;Could There Be a Terrorist Fukushima?;The master planner of the 9/11 attacks had considered crashing a jumbo jet into a nuclear facility near New York City.)
以上の、記事の内容に疑義がある専門家は記事の出所に問いただし、その結果を是非公開してほしい。
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表題の「アジア・エネルギー環境共同体の構築」については、4年前に孫正義社長が「アジアスーパーグリッド構想」を発表した。
そして「自然エネルギーの普及は人々の安心・安全で豊かな社会の実現に不可欠であるという信念」にもとづいた、ソフトバンクグループの「アジア・エネルギー環境共同体」の構想が具体的に「北東アジア送電網構想」としてその構築をはじめた。
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脱原発は、国益を第一に考える一国の宰相が決断すべきレベルのことで、極度に軍事的性格を帯びている原発は国家管理下におかれてしかるべき施設である。
日本は、「フクシマ問題」が発生した時点でただちに “(仮名)国立核物理学研究所” を設置し、最優秀の技術者を国内外から招聘して、最先端の研究をすべきであったが、フクシマ問題を未解決のままに、一部の原発を再稼働させるなど、国策の基本を誤っている。
政府は、一定の工程表を示して脱原発の基本方針を決断し、自然エネルギーへ国全体のエネルギー政策を転換することをめざせば、万々が一の事故ば場合に、国民に対する釈明の道義がなりたつだろう。
広大な国土をもつアメリカ、中国、ロシアと違って、カリフォルニア一州にもみたない地震列島の日本に、再度原発事故が起きたら、政府はどのような責任をとるのか。
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「アメリカと中国による最大の核計画とされる、中国ーアメリカ核安全保障モデルセンターは、2013年に着工」されて、中国は、すでに米中共同出資で「核安全保障モデルセンター」を北京郊外に設立した(iran Japanese Radio; IRIB WORLD SERVICE;2016/03/19)。
米中の方が、総合的に国家的観点から国益を重視した対策をとっているではないか。
米中が決定的に対立していてはありえない恊働作業をやっていて、尖閣諸島で自ら問題をこじらせているのが唯一の被爆国である。
しかも中国は、この 3 月開かれた全人代で、第 13 次 5 カ年計画 (略称「135」)が採択され、「1 万人のハイレベルの海外留学生人材の帰国誘致、100 万人の中堅技術者の育成」などの人材戦略を展開している。
ドイツの脱原発政策の問題点を指摘する評論があるが、ドイツの脱原発は、様々の利害関係を総合してだしたドイツのためにドイツ人の下した結果であり、参考にすればよいだけのことだ。
日本は、日本の伝統的国柄と国益に相応しいか否かを主体的に判断して、工程表を提示して脱原発を国家意志として国民に提示して将来の日本を考えることである。
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もし、原発エネルギー問題を一般化して考えれば、安価な「きれいな」エネルギーが必要以上に供給されれば、グローバル金融資本主義が厳然と威力をもっている現在、いたずらなエネルギー消費を促しかねない。
熱帯のアフリカの各地に、現地の政府の要路を支配して原発を設置して、大量のエアコンを製造販売して、不必要な「消費文明」社会をつくり出しかねない。
それも文明の発達、資本主義社会というもので、よいではないかと考えるならば、法治の根底をなす道義のない社会を是認するに等しいことになる。
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孫正義氏の構想は、国連常任理事国であり核爆弾保有国である米中ロの政治姿勢には触れずに、日本とアジアにおいて「自然エネルギーの普及は人々の安心・安全で豊かな社会の実現に不可欠である」という信念にもとづく夢の実現を目指している。
この夢の実現は、前途多難だろう。
日本の原発輸出の動きも持続している。
孫正義に迫る「最大の挫折」ーソフトバンク米通信子会社の「Xデー」
「習近平独裁は「砂上の楼閣」ー党内抗争と経済危機で苦悶の「皇帝」(「選択」4月号;2016No.494 )など、孫氏と中国国家主席にかかわる危惧も発表されている。
対立の温存を画策し、「夢」の実現を妨害する意図的または偶発的な様々な動きもおこってくることだろう。
しかし「混乱の状況にあっては、遠くを見よ」をモットーとしている孫氏だ。
「アジア・エネルギー環境共同体構想」は、
習近平氏の「中国の夢」の実現に寄与する可能性もあり、本来「自然を尊ぶ日本文化」維持のための「日本の夢」でもある。
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この記事を書いている最中、以前から漏れ伝わってきていたことだが、世界各国の要人やその親族などがかかわるスキャンダルが「パナマ文書」において報じられた。
自由、法治、人権を表看板にしている西欧政治の実態が、現在次から次ぎへと暴かれようとしている。
西欧の指導者はもちろんのこと、習近平氏もプーチン氏も間接に言及されている。
巨大な利害と権力の渦にある者は、権力に上り詰める時点で、様々な過ちを犯している場合が多い。
それだからこそ、巨大な発展途上国・中国は、西欧のグローバル金融勢力に挑発され、または追従した軍事的拡大を極力自制して、「アジア・エネルギー環境共同体構想」の理念の意義を深く認識し、「中国の夢」の一部である「小康社会建設」の大義を忘れてはならない。
(2016/4/8・記)
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