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【NPJ通信・連載記事】ホタルの宿る森からのメッセージ/西原 智昭

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ホタルの宿る森からのメッセージ
第62回「番外編〜国立公園への高まる脅威とこれからへの節目(その2)」

2016年8月24日

節目にさしかかる自分

今回の森歩きは5日間で、合計約85kmを踏破した。いくつもの沼地や川を超えた。長距離徒歩は久々であったので、つらいものになる可能性は予想されたため、背に負う荷物も最小限にした。通常なら自分で担ぐ自分用の小さなテントも、一緒に森に行った二人のガイドのうちの一人に持ってもらった。

果たして、森歩きはしんどいものであった。初日、筋肉がびっくりしたのか、二度も(左足と右足、それぞれ一回ずつ)ふくらはぎがつった。特に、ふくらはぎの部分を伸ばした時であった。大きな倒木をまたいだ時に後方の脚が伸びきった時(写真247)、そして沼地を歩いていて片方の足が沼地にはまり脚が伸びきった時。情けないことに、つれた直後は動けず、歩けなかった。5分ほどその場にうずくまるしかなかった。ふくらはぎのつれがもどり、痛みが引くまで待つしか方法がなかった。繰り返してはいけないので、そのあと、十分にふくらはぎをマッサージもして、ストレッチもしてから、やっと歩き出した始末。情けない。

写真247:ゾウ道でときには股がなければならない直径が50cmほどもある倒木©西原智昭

写真247:ゾウ道でときには股がなければならない直径が50cmほどもある倒木©西原智昭

森では4泊した。合計3箇所でキャンプ地を作りテントを張った(写真248)。毎度のことだけど、キャンプ地を作ると虫が集まってくる。われわれの汗を吸いにアフリカミツバチやハリナシバチがやってくる(写真249)。塩や油ものの食料のにおいにも誘われてくる。キャンプに座っているわれわれに、ツェツェバエやブユがたかる。われわれから血を吸うためだ。以前はこういう虫をうっとうしいとは思っても、キャンプ地に作った焚き火の周りに座って平然としていた。今回は違った。こうした虫の訪問を「襲来」と感じた。そして、我慢できず、ときにはまだ日は高いのにテントに潜ってしまった。

写真248:森の中のキャンプ地。正面奥の小さいテントが筆者のテント©西原智昭

写真248:森の中のキャンプ地。正面奥の小さいテントが筆者のテント©西原智昭

写真249:汗のかいた筆者のTシャツに群がるアフリカミツバチ©西原智昭

写真249:汗のかいた筆者のTシャツに群がるアフリカミツバチ©西原智昭

これまで27年間の森歩きで、数えきれないくらいの沼地を歩いてきた。どれほど怖い思いをしてきたか知れない。今でも思い出すのは、ひとつの沼地を歩くのに、3時間もかかった経験。27年前はじめてアフリカに来た年、コンゴ共和国のこの森でンドキ川とその両岸部の大きな沼地を徒歩で渡った時だ。今回もこれに匹敵するかに思えるような大きな沼地を二箇所渡った(写真250)。それは27年前のものよりはるかに短いものであったが、恐怖心が先行した。特に流れの早い深い川を渡る時だ。川幅はほんの数m。ただ背の届かない深さなので、川底に直径5cmくらいの木の一本橋を通してある。この上を平均棒を歩くように渡ればいいのだ(写真251)。しかし、川底にある木の樹皮は川の流れによってすでに禿げており、見事につるつる滑る。それでも、行きは恐る恐るではありながら、なんとか渡り切る。帰りはその一本橋の上で滑って見事に川に落ちた。幸い、背丈に満たない水深の場所だったのでなんとか這い上がり、泳ぐようにして対岸へ行った。上下の服はもちろんずぶ濡れ。こんなことははじめてだった。水場に落ちる可能性を想定していたので、ザックなどすべてのものはガイドの一人に持ってもらっていたため、荷物は濡れずに無事だったが。

写真250:こうした大きな川を二箇所渡る;浅ければ水かさは腰くらいまで浸かる©西原智昭

写真250:こうした大きな川を二箇所渡る;浅ければ水かさは腰くらいまで浸かる©西原智昭

写真251:別の沼地ではその上にかかった倒木(写真中央部)を「一本橋」代わりにしてその上を歩く©西原智昭

写真251:別の沼地ではその上にかかった倒木(写真中央部)を「一本橋」代わりにしてその上を歩く©西原智昭

節目にさしかかる自分への自覚

アフリカに来始めて27年を迎える。京都大学の類人猿の研究調査メンバーとして入った最初の場所がここンドキの森であり、その後幾つかの異なるアフリカ中央部熱帯林地域を移動したが、いままたンドキの森にいる。都合すると、ちょうど人生の半分をこうしたアフリカの地で過ごしたことになる。

今回の森歩きはからだにこたえるものではあったけれども、国立公園の心臓部に辿り着くことができたことは幸運だったと言わなければならない。ぼくもンドキの森に長年携わっているが、中心部まで歩いたのは今回を含めて二度しかない。二度とない日々と経験であったといえる。密猟者の侵入が最近あったとはいえ、ンドキの中心部はいまだほぼ手付かずの原生林であり、そこにはもとのままの野生生物が生息している世界で有数の自然である。二度の大きな川渡りなど悪いアクセスではあったが、悪いがゆえに自然が原生として保持されている。そのことをこれからも継承して伝えていかなければならない。

ただし、今回ほど体力不足を痛感した経験もなかった。毎日しっかりストレッチもしているし、簡単な筋力トレーニングや体幹運動も継続している。しかし、それでも昔のような体力や筋力は追いつかないのだ。今回の森行きは、貴重な経験であったことには違いないが、同時にぼくに対するある意味で節目を意味するものなのかと森の中を歩きながら思索した。

「ンドキの森」はぼくが最も長年お世話になった場所であり、世界のどの森よりも馴染みが深いところだ。しかし、いつまでも同じ場所に居続けることはできないであろう。やがてはぼくも去るべき存在である。どこかでけじめをつけなければいけない。WCSの職員も含め、国立公園スタッフにも世代交代が始まっている。ぼくにとっても、人生の半分の時間の経ったこの27年目を節目と捉えて、なにか「次の新たなステップ」に挑むべきだと考える。

体力も考えて、これまでのように、「森中心」の生活は変えていくべきかもしれない。また、ンドキの森にこだわらず、別の地や分野へもより広く開拓していくべき時期に来たのだろう。「次の27年」を目指して、新たな「生き方」をこれから熟考していく、今回の森歩きはそのきっかけになったとも思える。

これからの国立公園

ただ、増長する密猟圧のため、国立公園心臓部のキャンプ地、人員確保とそのためのアクセス確保が必要になる日が来るかもしれない。しかし、これまで静寂に保たれてきた中心部へのアクセスや人員配置は早急にすべきことなのかどうか。ここは慎重に検討しなければならない。

今回の森歩きののち、国立公園長官の要請で、ボマサ基地にて、今回の見聞に関するぼくの報告会を開く機会を得た。国立公園関係の主要スタッフが集まり、ぼくはアクセス確保の可能性のある川やキャンプ地設営の候補地などを地図上で説明しながらプレゼンした。

議論の結果は次のようになった。
1) アクセス確保はパトロール隊や研究者の便宜にはなるが、密猟者への新たな容易なアクセスともなりかねないので、当面は「川開き」はしない;
2) これまで人の活動のほとんどなかった場所である中心部に、大量の物資や多くの人数を移送すること自体、原生熱帯林へのダメージになりかねない;
3) マバレ・バイに入った密猟者は国立公園西側の中央アフリカ共和国との国境を超えてやってきたのは痕跡から明らかなので、まずは、この西側国境の森林地帯を守るべく「ボーダーパトロール」を重視すべきである;
4) そのために、中心部に新たにキャンプ地を作るのではなく、ボーダー沿いの密猟者が頻繁に国立公園に入るあたりにキャンプ地を作り、そこを中心にパトロールを強化すべきである。その地点から、バイでの研究者への物資補給も可能である。

もっともな結論であった。しかしこういう案があらためて出たのも、国立公園心臓部はできればもとの原生のままで置いておきたいという主要スタッフの共通の願いでもあったと思う。そして、密猟者対策には、いま迅速にかつ確実にできる手段と方法で進めなければならない。解決策の3)、4)はいかにもそれに即している。

今回のぼくの森歩きが、こうした有効な戦略を議論する契機となって、それだけでも実施した価値はあったのかもしれない。あとは、実働部隊に実行してもらうだけである。

ンドキという森はすばらしいと思う。いつまでも、大きなゾウ道の縦横無尽に行き渡る原生の森のままであってほしいと強く願う。今回も出発前は、やや風邪気味だったのか熱っぽかった。そのからだを押しての森行きだった。というか、これまでの経験から、森に行けば、そんな少々の風邪くらい吹っ飛ぶだろうと確信していたからだ。実際、果たしてそうであった。足はひどく疲れ、一本橋でも落ちて、ハチに刺され、何度かこれまで味わったことのないような惨めな思いをしたけれども、今回の森歩きは、いつになく印象に残るものとなったのは確かだ。

日中ベンバの森を歩きながら聞く「エレレ」と呼ばれる蝉の声。夕刻迫る森の中、樹冠のはるか高いところをゆうゆうと飛ぶヨウム。その姿は見えないが、その森の生命の息吹を強く感じる。そして、夕闇迫る頃には、樹冠のかぶさった森のはるか向こうに天高く煌々と輝く半月よりも大きくなった月(写真252)。まわりにひとつも明かりがないから、その明るさは際立つ。そして、その樹冠の下を舞うホタル。

写真252:樹冠の向こうに見える月©西原智昭

写真252:樹冠の向こうに見える月©西原智昭

われわれはこうした地を地球上から消滅させずに保持することができるのであろうか。日本人も含め、われわれすべての人類に課せられた真摯で危急な課題である。

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