【NPJ通信・連載記事】高田健の憲法問題国会ウォッチング/高田 健
憲法審査会の始動を企てる改憲手続法の欺瞞的な再検討の動き
圧倒的多数の市民は当面「憲法改定」を必要としていない
安倍晋三首相が昨年5月3日、憲法9条に自衛隊の根拠規定を加える「9条加憲」案を打ち出して以来、9条改憲の日程が切迫してきたとして、「改憲国民投票」についての議論が各所に見られるようになってきた。
改憲反対派の中からも、「迫りくる国民投票に備えよう」という意見が散見される。
しかし、いま第一義的に必要なことは安倍9条改憲の発議を阻止することであり、国民投票に備える運動を呼びかけることではない。
改憲発議を阻止して安倍政権を倒すことができれば、当面9条改悪は阻止することができる。
私たちのこうした立場に対する右派の主張に「改憲反対派は(国民投票という主権行使の機会を奪うことで)国民主権をないがしろにしている」などというトンデモ・キャンペーンがある。
例えば百地章(日大名誉教授)は、5月15日の「産経新聞」の「正論」で以下のようにいう。
「憲法96条は『憲法改正の手続き』を定め、主権者国民に『国民投票』という主権行使のための唯一の機会を保障している。そして、国会では憲法制定以来初めて、衆参両院において憲法改正に前向きの勢力が3分の2以上を占めた。だから国会が憲法改正の発議さえしてくれれば、国民は戦後70年にして初めて、主権を行使できる。最終的に改憲の是非を決めるのは国会議員ではなく、国民だ。にもかかわらず、反対派は『憲法には一切手を触れるな』と主張し、国民が主権を行使する機会そのものを奪い続けてきた」と。
まず、百地がいうような憲法を変えるための国民投票という「主権行使」の機会を「国民」が求めているかどうかの問題が、議論の前提にならなければならない。
結論からいえば、「国民」はいま、「衆参両院」の多数派の意見とは異なり、改憲を優先課題として求めてはいない。
以下、最近の3つの世論調査で検証してみる。
朝日新聞が行った世論調査(郵送方式:3月14日~4月25日、複数回答)では、安倍首相に優先的に取り組んでほしいもの」9項目(景気、高齢者の社会保障、教育・子育て、財政再建など)のうち、憲法改正は最下位の11%に過ぎなかった。
読売新聞世論調査(電話:3月9~11日、複数回答)では「安倍内閣に優先して取り組んでほしい課題」では9項目中、憲法改正はこれも最下位の28%だった(複数回答なので、単数回答に換算すると5%程度)。
NHKの世論調査(電話:4月13日~15日)では、「安倍総理大臣は、憲法改正に意欲を示しています。あなたは、いま、憲法改正の議論を進めるべきだと思いますか。 それとも憲法以外の問題に優先して取り組むべきだと思いますか」の問いに、「憲法改正の議論を進めるべき」(19.2%)、「憲法以外の問題に優先して取り組むべき」(68.3%)だった。
このように世論はいま「憲法改正」に取り組むことを望んでいないのに、百地ら改憲派は「国民主権」に絡めて改憲発議と国民投票を急ぐべきだと主張している。
与党による憲法審査会再起動の陰謀
改憲派の憲法審査会再起動の願いに反して、通常国会の冒頭から問題が続出し、審議再開の空気は生まれなかった。
スパコン開発疑惑、「働き方」関連法案をめぐる不適切データ事件、森友問題での財務省文書改ざん、文科省による名古屋での前川前次官の授業介入事件、イラク自衛隊派遣時の日報隠蔽事件、加計学園問題での柳瀬秘書官(当時)の「首相案件」発言問題、福田財務次官のセクハラ疑惑、幹部自衛官の野党議員への「国民の敵」罵声事件、など、安倍政権の問題は枚挙にいとまがない。
この偽造、ねつ造、隠蔽、腐敗、人権侵害などの容易ならない事件に対して、安倍政権与党は国会の多数をかさに着て居直り、逃げ切りを図っている。
加えて、安倍政権の外交の大失敗によって、朝鮮半島における南北首脳会談の実現から、米朝首脳会談への動きなど歴史的な平和の進展の中で、この流れから全く孤立し、かやのそとにある。
内外ともに窮地に陥っている安倍政権にとっての巻き返しの望みは、改憲発議への流れづくりしかない。
自民党は、憲法審査会での自党の改憲案の審議を急ごうとしている。
衆議院憲法審査会の与党側は、5月11日の幹事懇談会と17日の憲法審査会で、「憲法改正の手続きを定めた国民投票法改正案」を提示した。
たしかに現行の憲法改正手続法は、国民投票の公正・公平を保障するうえで重大な問題があり、同法成立以来、野党や日本弁護士会、市民運動の中から、抜本的再検討の声が上がっていた。
しかし、今回の与党案は同法の本質的な欠陥についての対応を全く回避して、枝葉末節の部分のみを取り上げ、この改憲手続法の小手先細工の改定提案を、審議が停滞している憲法審査会の再起動への糸口としようとしている。
与党、自公両党が合意した憲法改正手続法(国民投票法)の改正案の大部分は、2016年の公職選挙法の改正内容に沿って、国民投票法も改めるものというものだ。
与党は、これを今通常国会中に成立させる構えで、5月17日の衆院憲法審査会幹事会で野党側に条文案を示した。
与党の改正案は、投票環境の改善に関するものだけにとどまっている。
デパートなど商業施設への「共通投票所」の設置や投票の開始・終了時間の弾力化など、改正公選法で新たに盛り込んだ7項目を同法に反映させる。
また、公選法で介護保険法上の「要介護5」の人に認められる郵便投票の対象を「要介護3、4」にも拡大する方向で、公選法と国民投票法を改正することも加えている。
与党は、これを憲法審査会の審議再開の呼び水としたい考えだ。
いまのところ、野党がこの与党案の審議に応じるかどうかは不透明だが、野党はこうした与党の安倍9条改憲審議促進につながる狙いを拒否すべきだ。
この与党改正案では、同法の重大な欠陥が全く正されない。
この間、同法の抜本的再検討が求められてきた問題点は、「国民投票運動に際してテレビやラジオなどを使った有料広告放送が基本的に無制限になっている問題」や、「最低投票率、絶対得票率の規定がないこと」、「国民投票運動期間が60日から180日と短く、最速で2か月で投票に持ち込まれる恐れがあること」、「公務員や教育者の国民投票運動への参加を過度に制限していること」などだ。問題の本質は、資金力の豊富な勢力によって改憲の世論が「カネで買われる」事態が発生するなど、国民投票運動の公正・公平が保障されていないことが同法の根本的欠陥だ。
とくに、この間、テレビCMなど「有料広告」が規制なしにされている問題が、野党を含め、各方面の人々から指摘され、同法の抜本的再検討の声があがってきた。
同法は結局、財界や広告業界と結びついた与党・改憲勢力に圧倒的に有利であり、カネの力で、国民投票が改憲に誘導されることになるという問題が指摘され、警戒心が広まってきていた。上記の諸問題と合わせて、この改定は絶対に必要だ。
現行「改憲手続法」は抜本的再検討を
もともとこの改憲手続法は、安倍政権の下で2007年5月に与党によって強行採決されたものであり、参議院での採決に際しては、極めて異例な「3つの附則」と「18項目の付帯決議」がつけられたという「欠陥立法」だった。
附則は、①選挙年齢・成年年齢の見直しなど、②公務員の運動自由化のための措置、③重要問題についての一般的国民投票の検討であり、18の付帯決議は、最低投票率の導入の検討(第6項)、教育者・公務員の地位利用の規定(第11項)、テレビ・ラジオの有料意見広告問題(第13項)など、いずれも同法の死活問題というべき重要な事項の再検討を要求したものだった。
同法はのちに第2次安倍政権下の2014年に一部「改正」されたが、附則や付帯決議との関連で各界から指摘されていた重要問題は放置されたままだった。
各界からの疑問の声を反映して、与野党から改憲手続法の見直しの議論が起き始めている。
今年の5月3日に読売新聞が掲載した「憲法記念日 4党(註:自民・公明・希望・立憲民主)座談会」では与党側の利便性に関する項目の法改正意見に対して、希望の渡辺周氏は「有効投票率をどうするか、たとえば投票率が45%だった時に、国民の2人に1人も参加していない国民投票を認めてよいだろうか。フェイクニュースをどうするかという問題も最近出てきた話だ」といい、立憲民主の山花郁夫氏も「国民投票法では投票日前14日間のCMを禁止する一方、それ以前の規制はないが、これで本当にいいのか。大阪都構想の住民投票でも、テレビCMをやりすぎでないかと指摘された。英国の欧州連合(EU)離脱の国民投票では、資金面の上限が定められた。今の状態でよいものかと思っているので、今後検討していきたい」とのべている。
これらの再検討は当然だが、すでに指摘したように同法の問題点は、これらにとどまらないことを忘れてもらっては困る。
17日の憲法審査会幹事会では、与党の提案に共産党が反対し、他の野党は持ち帰り、24日に見解を示すとした。
立民など野党側の大幅改正の意見に対しては、自民党などからは「協議の長期化を狙っている」との拒否感が強い。
しかし、これらの問題点の検討に着手しない限り、投票の公平・公正を保障する抜本的再検討にはならない。憲法審査会は小手先の法改正でごまかすことなく、同法の抜本的再検討を行わなくてはならないし、世論が求めていない改憲案の審議を与党の党利党略で強行してはならない。
現在、憲法審査会では与野党のぎりぎりの鍔迫(つばぜ)り合いがつづいている。
改憲審議の停滞状況に焦る安倍首相ら改憲派
いま、与党は改憲手続法の抜本的再検討の要求に対して、「審議の引き延ばしだ」などと決めつけているが、そうではない。
国民投票に関する法律の公平・公正を要求する声は、当然のことだ。同法の抜本的見直しなしには国民投票がゆがめられてしまう。
与党が改憲手続法の抜本的再検討の声に反対するわけは、安倍首相らが企てる改憲のスケジュールが大幅に狂いつつあることにある。
5月2日の「産経新聞」は1面トップの記事で、「動かぬ国会、政治日程目白押し」「遠のく改憲発議」「東京五輪後にずれ込む公算」という見出しを付け、危機感をあらわにした。
同記事では「国会は参院が2月に憲法審査会を開いたきりで動こうとしない。もはや年内発議は絶望的となり、本格論議は参院選後、発議は32年(註・2020年)夏の東京五輪以降にずれ込む公算が大きい」と指摘している。
昨年5月3日に安倍首相が発言した9条改憲の企ては、その後、多くの人々の批判をあび、とりわけ安倍9条改憲NO!の全国統一署名がすでに1350万筆に到達したことに表れているように、運動と世論の厳しい反撃を浴びている。これと権力の私物化、腐敗への批判と合わせ、改憲のテンポが当初の目論見通りに進んでいないことへの「産経新聞」の焦りの表明だ。
記事は「今国会は憲法審査会での改憲4項目の審議入りは困難となった。秋の臨時国会の2か月程度の会期では、発議にこぎつけるのは絶望的だといえる」と述べて、2019年は4月の統一地方選、5月1日の天皇代替わり関連の諸行事、6月のG20首脳会議、夏の参院選などで「改憲発議どころか、国会の憲法論議さえ難しい」と指摘する。
2020年も五輪で通常国会の大幅延長はできない。しかも「国民投票法の規定では、発議後『60日以後180日以内』に国民投票を実施しなければならない。この日程を考慮すると、改憲発議は早くとも32年(註・2020年)夏以降となる」と嘆いている。
そして安倍改憲に反対する野党の存在、公明党の消極性、自民党内にくすぶる異論などの消極的要素を指摘して、いら立ちを見せている。
安倍首相と改憲派はこうした悲観的なスケジュールのなかでも、改憲手続法の微調整を提起することで、野党を引っ張り出して1日も早く憲法審査会を始動させ、そこからさらに自民党の「改憲4項目」の審議に持ち込み、改憲発議をできるだけ早く実現したいと狙っている。
改憲の道が困難になるなら自民党や右派勢力の中での安倍首相の求心力は失われる。
この事態は安倍首相の3選にも陰を投げかけているし、安倍政権の退陣を要求する声の噴出につながる可能性がある。
(「私と憲法」5月25日号所収 高田 健)
こんな記事もオススメです!