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【NPJ通信・連載記事】一水四見・歴史曼荼羅/村石恵照

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(61)激動の米中関係と日本人の自覚

2019年7月1日

「米中激突の歴史的深層(58)」は、トランプ大統領の言動に象徴されているかのように、日を追って歴史の現在の地表に顕在化しつつある。

表面上は「諸文明の衝突 ( the clash of civilizations ) 」の様相を呈しているかに見えるが、実態は、過去の負の遺産が清算できない西欧の混乱した状況であり、そのような西欧文明と中華文明の二大文明の衝突である。

二大文明の衝突を歴史的な大筋で辿ってみよう。

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かっては閉じた大陸帝国であった中国の経済活動は現在、万里の長城を超えて地球的規模で拡大している。しかし、その拡大はGNPに換算される西欧が築いてきた産業的発展である。

一方、西欧文明は、いまだに植民地支配の負の遺産を清算できないまま、自らの領域で格闘しつつ発展途上国にも介入しつづけている。未だに西欧が22世紀への世界ヴィジョンを描けない現在、今後中国は世界にどのような文明的恩恵を与えて世界から名誉ある評価をされるのだろうか。

かって海外へと拡大的帝国主義をとった西欧と異なり、中国は万里の長城によって具体的に帝国の版図を規定し、文明的には漢字文明圏を打ち立てた漢民族中心の国家体制を造りあげた。そのため多民族国家とはいえ、中国は漢民族を中心とする国内秩序の維持を最優先する閉じた帝国体制をとってきた。

そこに西欧の政治思想である共産主義体制が導入され、異民族の清王朝を倒して中華人民共和国ができた。これは西欧政治における一国内の革命などではなく、文明的規模の体制変革であるが、同時に過去2千500年来持続して来た漢帝国の復活とみなすこともできる。そのために世界の政治・文化体制を主導している西欧的思考と価値観とにおいて様々な場面で齟齬をきたし対立する状況が生まれてきている。

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鄧小平は「一国二制度」を導入したが、文明的観点にたてば、古代史において中国文明圏はすでに意図せず して「一文明 (広義の中華文明) 二文化制 (中国大陸文化と日本列島文化)」を実現していたのである。 中台関係も「一文明二文化体制」とみなすこともできる。

ただし、一国二制度には強制的な主従関係があってはならないだろう。「徳は孤ならず。必ず隣あり。」(「論語」里仁) の精神を中国は遵守すべきで、拙速な政治的行動をとれば、西欧植民地政策の負の遺産である分断統治の状況が維持され続ける可能性がある。

日本史において、信長、秀吉、家康と続いて徳川260年余の内乱なき太平の世が続いたが、これは列島日本のことである。

では毛沢東、鄧小平、習近平と続いて、大陸国中国は、今後数百年の太平の世を、いかにして享受することができるのだろうか。

現在中国は、万里の長城を越えて西欧にまで影響力を伸ばし、さらにアフリカ、南米にまで経済を主導として影響力を行使しつつあるが、同時に西欧の情報網が張り巡らされた領域に組み込まれてゆくことでもある。

ここで民衆の生活の安定と向上を目指す中国の優秀な識者らは、儒教 (「多」の秩序哲学)・老荘(「個」の自由 理念) の二道に加えて中国仏教の叡智をもって中国国内に「一文明二文化制」の智慧を導入して、拙速を避けつつ漸進的に民情の安定を計るべきではないのか。

中国文明を吸収し開発、発展させて日本文化をつくりあげた日本は、中国と恊働して新しい日中文化をつくる可能性を探ることができるのではないか。

“柔軟思考”の「和」の文化国家である日本は、西欧の文化と技術を巧みに摂取してきた。明治初頭 に政治的権威の中枢にあった伝統的和服姿の天皇は、わずかの期間に洋装へと衣替えして、国民の気分が入れ替わっていったのも「和」の“柔軟思考”の結果である。

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今後、日中の指導者たちは、東アジアの平和のために、以下の条件をしっかりと認識して欲しいものである。

(1) 日本は非覇権性の「和」を国是とした国である。
(2) 日本は、現代史を除いて、2千年におよぶ中国大陸との文明・文化的関係を持っている。
(3) 古代文明を現在まで維持している中国文明には負の遺産が多々あるが、豊かな潜在的文化資源が未開発であり22世紀の世界の文明に貢献し得る。
(4) しかし地政学的に言えば日中関係は、最も大きな枠組みから見ていけば、歴史的な流れの結果として、日本 > 台湾> 香港で3段階に多重的に分断統治されている状況にある。朝鮮半島を加えれば多重分断はさらに複雑になるが、西欧流の地政学を超えた「転悪成善」の東洋の叡智を発揮する好機である。

上記の総合的認識の下に、両国は“善民交流”のもとに旧態然の政治思想を超えて、特にアジアと西欧の若者をも交えて22世紀に向けてアジアのヴィジョンを語りあうべきではないか。

EU28カ国は、いわば戦争に泥んだ国家群である。EU諸国の一部はアジア、アフリカを侵略し植民地化した国々であるから、日中両国がEUのように共通の歴史教科書をつくることは困難だろう。

日中の学者たちでまず学習すべきは、日中史ではなく、世界史と世界史の中のアジア史とを総合的、客観的に研究することである。その過程で日中は西欧文明の光と陰を客観的に評価し、文明史的観点から自らの文明をも相対化して観ることができるだろう。

以上のような歴史学習を前提として、日本人は、日本の立場を日米関係重視に限定したり日中関係に特定したりせず、文明的文化的観点から自らの立場を自覚できるのではないか。

さらに、日本は、文字を発明し、前5世紀ごろに孔子、老子の思想を生み、官僚制度の基礎を築いた意味における文明国家ではなく、明らかに東アジアにおける文化国家であることの自覚が日本人には必要である。もちろん文明と文化とは、優劣、主従の関係ではないことは当然である。
               (猫とくつろぐ晩年の鈴木大拙)

最後に、日本人が英語で東洋の立場を世界に発信する重要性を指摘し、漢文の教養が日本人の主体的思考において大切であることを強調する仏教者・鈴木大拙の言葉を引用したい。

「自分は世界人としての日本人のつもりでいる、そうした日本に―東洋に―、世界の精神的文化に貢献すべきものの十分に在ることを信じている。

・・・西洋文化の精 神を体得することは中々容易なことではない。日本文化 のみが保存に価するものだと考えたり、西洋文化は、物質的だ、経済的だ、政治的だとのみ考えたりして、今度の戦争を起こしたような人たちには、到底わかるものではない。・・・それからまた日本は敗けた、アメリカはえらい国だ、何でも彼方の真似さえして跳ったりはねたりして行けば、若いものの能事畢れりとすまして行くものが多くなったら、これまた大変だ。

要するに、東洋でも西洋でも、政治の機構は自由を主としたものでなくてはならぬ、そうしてこの自由の出処は霊性的自由である。」(鈴木大拙「明治の精神と自由」1947年)

(2019.06.24.記)

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