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【NPJ通信・連載記事】音楽・女性・ジェンダー ─クラシック音楽界は超男性世界!?/小林 緑

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第60回 都議選と、同日に開催したコンサート報告など

2017年7月27日

 都議選から早や半月…自民惨敗という「まさか!」の大誤算の有難みもいささか薄らいでしまった。もとより、反自民の行き先がまやかしだらけの「都民ファースト」だったというのだから、語るに落ちる、というほかあるまい。とはいえ、あの前川さんのまっとうな正義感のおかげで、アベ降ろしの民意が着実に、そしてかなりのスピードで高まってきた。私も谷戸も、外出時には欠かさず、「アベ政治を許さない」のタグをバッグにぶらさげているが、このところ、「それ、いいですね」「どこで買えるんですか」などと声をかけられることがよくある。言葉を発せぬまでも、アイコンタクトで賛同の意を伝えてくださる方々も多い。
 折しも、「これだ!」と大喜びで一気に読み切った緊急出版に出会えた。斎藤芳弘著『総理大臣の無知と無恥Ignorance & Impudence of the Japanese Prime Minister 』(2017/6/26初版、愛育出版) 。巻末の著者略歴によると、斎藤さんはグラフィック・デザイン、アート・ディレクションのお仕事の傍ら、数々の本を上梓された方。なるほど、赤と白を基調とした装丁もとてもおしゃれだし、持ちやすい。付録には、現憲法全文を黒字で、自民改憲案で追加された部分を赤字で、省略された部分を緑色で、と鮮やかに色分けした資料が載せてあり、その浮き届いた編集には唸ってしまった!だがなんといっても圧巻は本編、タイトルが示すあまりにもお粗末な安部語録だ。官房副長官当時の2002年5月、「憲法上は小型なら原爆も問題ない」に始まり、2017年5月、今治疑惑の野党質問に答えての脅し文句「確証あるのか、責任とれるか」まで、時系列に沿って発言の出所とともに50点が収めてある。しかもそれぞれに冷静・的確なコメントを付した最後の締めくくりは毎回「日本国民にとって問題なのは、こんな人が総理大臣であるという不幸です」!地元杉並の知人から紹介されたこの快著、一人でも多くの方が手にしてほしい。
 それにしても、先回第58回、小林が担当した2017・2・1)から半年近く経っての更新、掲載していただけるかも心許ない。言い訳がましいいけれど、この間、本業と社会参画の両面で、これまでにない様々事柄に遭遇、心身の整理がつかなかったのである。分けても5月15日から17日、70年代ウーマンリブのカリスマたる田中美津さんが「若者に期待する前に私たちが…」と高齢者を募り継続中のユニークな辺野古ツァー「この子、は沖縄だ」に2月末に続き二度目の参加、いよいよ埋め立て工事本格化という緊急事態のさなか、予想通り、機動隊員二人に軽々とゲート前から排除されてしまった。国費で自国民を暴力的に襲うこの国の極悪非道を75歳で実体験…このショックは何とも言葉にできない。
 座り込みの合間には“楽しくなくちゃ続かない!”を実践する美津さん苦心のスケジュールをこなしたが、とりわけ「指笛」―口笛ではない!―との出会いはあまりにも鮮烈だった。沖縄の生活と文化に深く根差した伝統にもかかわらず、吹ける人が減少の一途、危機感にかられ「指笛王国」を建国、自ら国王として日夜普及にまい進している垣花譲二さんにお出ましいただき、手ほどきを兼ねてお話しいただいたのだが、中でも絶対に忘れ得ない驚きの歴史に触れることとなった。すなわち周波数がとても高く、遠方まで音が届く指笛の特性を生かし、夜な夜な米兵が女性を探してジープで出没するのに備え、パトロールの男たちは危険を察知するや指笛を警報代わりに吹いたというのである…!
 こうした悲しい面のみならず、災害救助や教育、祭りの盛り上げなど、指笛の効用は多彩だが、つまるところ、体そのものが楽器、持ち運びの必要がない、電池もいらない、一度覚えたら忘れない、性別年齢関係なく誰でもできるという、究極のエコロジー精神に帰着するのではないか。地産地消、さらには地域単位で活動し、世界規模で考える Think globally, act locally という私の長年の座右の銘にも連なると思う。

 6月に入って最初の日曜日(4日)には、練馬区の男女共同参画室の主催で講演会を持つことができた。実演のコンサートも視野に入れた前段階として、という誠にありがたい企画、CDとDVDを活用の合間に、クラシック音楽とジェンダーについて、それこそ言いたい放題をお許しいただいた。来年?のコンサート実施を確実にする宣伝効果となったかどうか…

 その一週間後、6月11日には、念願かなって、ドキュメント映画『兼子』(2004)の上映会を開催できた。国立音楽大学を定年退職する際の最終講義に、日本の女性として「クラシック音楽と女性」を考えるという趣旨で選んだ、あの柳兼子である(この兼子と最終講義の顛末については本連載第12回も参照されたい)。上映会は地元杉並の女性グループに全面的に支えられ杉並中央図書館にて開催、満席で図書館もびっくりの反響があり、再度上映をとの要望も聞こえてきた。私自身、いつかぜひ…と心に期している。
 しかし、なぜ再び兼子なのか?私が卒業した都立高校と同じ駒場に民藝館が立地していること、藝大卒業という学歴、そして国立音楽大学に就職という3重の生活/活動現場で、私はこの大先輩とはるかなご縁で結ばれていたことに新たな感慨を覚えたことに加え、本ドキュメントの台本・監督を担い、日本の女性映画監督の先駆者として重要な渋谷昶子さん、私の兼子をめぐる知見のすべての発信元で、見事な評伝と活動年譜を編み上げた研究者松橋桂子さん、このお二人がよりにもよって、昨年末と今年3月末に、相次いで逝去されたことも知り、お二人を偲ぶ機会をぜひ、と願った事情もある。
 だが何よりの動機は、民藝創設者としての柳宗悦をめぐる情報は各所に充満するも、兼子については相変わらず不在同然の扱いが目に余るからだ。そんな中、ようやく2010年、民藝館の旧柳家住居内に「兼子の部屋」が設置された。ところがその後、いかなる事情によるのか、グランドからアプライトへのピアノの入れ替えや、兼子の学んだ楽譜や自筆資料などの展示規模がかなり縮小されており、近代音楽館から一括寄贈されたという関連資料の整備もままならぬようなのだ。
 けれども音楽の同業者としての私は、自らの歌手としてのレヴェルを確実に見極めようと渡ったベルリンで、ドイツ人さえ凌ぐ、との高い評価を得ながら、夫に「女中さんの藪入りのように6か月お暇をください」と懇願してやっと実現した渡独ゆえに、あたら音楽の本場での活躍の機会を断念し帰国せねばならなかったという生活史を決して見過ごすことができない。留守の間の一家の生活費、自らの渡航・滞在費用もすべて、コンサートとレッスンを重ねて調達しながら、このように夫に従属しなければならぬとは!夫妻/男女が逆の立場ならば絶対ありえない事態ではないか。
 ここで改めて、クラシック音楽界の既成権威に対する兼子の誠に率直な態度、批判精神を強調しておきたい。ベートーヴェンの『第九』の独唱者に何度も指名されながら、1937年以降は「あのアルトパートは歌っていてちっともおもしろくないから」と辞退。夫から歌ってみたら、と勧められたシェーンベルクの新作歌曲を「こんな楽譜のシミみたいなもの、心を入れて歌える人がいるだろうか?」と、取り合わない。芸大の同級生で、同じハンカ・ペッツォルト門下であった永井郁子と当時夫婦であった山田耕筰の歌曲をレパートリーにまったく入れなかったのは、山田が郁子に暴力を揮っていたことを決して許せなかったためという。優れた歌い手であった郁子が、外国語によるばかりでなく、日本語で歌う必要を説き、自ら訳詞歌唱についての手引きをものしながら、やがて歌うことをやめてしまったことも付け加えておこう。
 ところで、ペッツォルトはノルウェイ出身、パリオペラ座でも活躍、夫の仕事で1909 年に来日以後、1937年に客死するまでの間、日本音楽界に計り知れぬ影響を及ぼしながら、今は音楽史研究者でさえ、その名を知る人はほとんどいない。しかもリストに学んだピアノの技量も圧倒的で、伴奏の難しさで知られるシューベルトの名曲『魔王』を弾き歌いで披露、その離れ技に驚嘆した兼子が生涯唯一の師として心よりの尊敬を捧げた女性であった。ポピュラーでは当たり前のこの弾き歌い[弾き語り]という芸態、クラシックではピアノという楽器とその奏者を過重に評価するモダニズムが災いしてか、歌い手がピアニストを兼ねるなんてとんでもない!とばかり今や絶滅種だ…なんとも残念!
 他方、歌手の道を選んだのは、料理や仕立てとは違い、声楽は男女がはっきり分かれているから男と競合せずに済む、と単純に思い込んでいたためだが、これは、現今のカウンターテナーの隆盛が示す如く、声も実は訓練次第で男女の壁を乗り越えられるツールであるという歴史を知らなかったからだろう。また弟子の証言によれば、男の生徒に対しては女の生徒よりはるかに熱心に指導したとか。さらには、どれほど宗悦のわがままや不誠実に苦しめられようと、誰よりその夫からの批評を待ち望んでいたという。
 以上、兼子とて、脱亜入欧の時勢に育った音楽家として無意識に?家父長的価値観に囚われ、ジェンダーのくびきから逃れ得なかったことも、今回の準備をしながら初めて気付かされた次第であった。

 その上映会3週後の7月2日、小金井市男女共同参画室のお声がかりで、「音を紡ぐ女性たち―女性作曲家の室内楽」を開催できた。都議選当日にぶつかったにもかかわらず、市の広報開始とともに申し込みが相次ぎ、もうこれ以上広めないで、と市から釘を刺されたほど、うれしい想定外が起きたのである[図版:コンサートのチラシ]。

 当日のこのプログラム、ヴィアルド『ヴァイオリンとピアノための6つの小品』、メルボニス『チェロ・ソナタ』、そしてルボーとアンドレーそれぞれの『ピアノ三重奏曲』は、昨年6月25日、鎌ヶ谷市主催、キラリホールにて行った演目と同じ(鎌ヶ谷のコンサート詳細については本連載第55回を参照されたい)もの、異なるのはピアノ独奏をビーチでなくシャミナードに入れ替えたところだけである。
 ほとんど再演の体裁をとったのは、鎌ヶ谷での反響があまりに素晴らしく、このプロを何とか都内でも聴いてほしいと、執念深く思い続けていたところへ、小金井市からの企画依頼をいただき、これ幸いと、念願を果たすことができた。もちろん当日は、取り上げた5人の作曲家についてもらさず記載済みの「女性作曲家ガイドブック2016」(本連載第56回で詳細を紹介済み)を、共通プログラムとして参加者全員に配布した。
 宮地楽器小ホール満席の150人の反応は、「こんな面白いクラシックのコンサートって初めて」「演奏も音楽も素敵!」などなど、手ごたえ十分でうれしかった。メルボニスをこの上なく美しく弾き込んでくださったチェロの上森祥平さんは再登場、しかしヴァイオリンの佐藤久成さんとピアノの山田武彦さんは今回が初顔だ。
 じつは、ひそかにヴァイオリニスト必須のレパートリーとして定着させたいヴィアルド作品を、なんとしても佐藤さんの強烈な個性で聴いてみたかったからこそ、あえて顔ぶれを変えたのだが、まさに思惑通り!トリオのさなかでも椅子から中腰になってみたり、ソロでは立ち位置を自在に移し、顔の向きも意外なところに変えてみたり…普通のクラシックの演奏家では許容されない身動きだが、それも佐藤流のテンションの高い演奏スタイルが自然に導き出したものなのだ。佐藤さんとの共演経験もあるおなじみの山田さんが、いつも通り、抜群の柔軟性と技術で、アンサンブルの要を見事に果たしてくださったことに、心よりの感謝をささげたい。そして発言者が今や特定できなくなってしまったけれど、「作曲者自身が一番喜んでいるのでは」との声が、何とか5人の眠る天国に届きますように…

 最後に、6月16日、東京新聞夕刊一面にカラーで掲載されたサプライズの情報を記しておこう。反戦のプロテスト・ソングとして広く知られるあの『イマジン』(1971)が、オノ・ヨーコとジョン・レノン夫妻の共作であるとようやく公式認定され、以後この歌については必ず夫妻の名前が付記されることになったというのである。柳兼子ばかりでない、「ガイドブック」の26人の女性作曲家に限ってみてさえ、あったことをなかったことにするアベ流歴史修正主義はもはや通用しない…為政者はこのことを肝に銘じるべきであろう。

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