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五輪 (ごりん) 終 (じゅう)
(勝利至上主義五輪)

寄稿:西村 修一(馬術家・エッセイスト)

2020年6月11日

 西村氏は競技馬術の元選手。オリンピックはクーベルタン男爵の提唱に戻り、平和の祭典として、メダル獲得至上主義をやめるべきとアピールしてきた。東京オリンピックの開催に慎重であるべきとNPJにも原稿を寄せて頂いている。コロナ禍の中、西村氏の率直な東京五輪中止論を掲載する。
 

 半年ほど前まで、新型コロナウイルスの感染拡大が世界中に拡がったことで、東京五輪の開催がどうなるかスポーツ界に混乱が起きていた。
 安倍首相は急遽、組織委員会の森喜朗、東京都の小池百合子知事、橋本聖子五輪担当相、菅義偉内閣官房長官と協議の上、IOCのトーマス・バッハ会長と電話協議の結果、選挙日程も考慮の上、五輪を来年 7 月23日開幕とすることに決定した。
 恐らく世界中の選手や五輪関係者は、ひとまず胸を撫で下ろした事だろう。
 しかし、問題なのはその 1 年延期決定の会議にJOC関係者が除外されていたことだ。

 これは今回の五輪のマラソンと競歩を東京都知事に相談もせず、IOCは安倍首相との話し合いによって北海道に変更した事と同じケースだ。今から40年前のモスクワ五輪でも、日本政府の圧力を受けて日本の不参加が決定したが、今回の件も正 (まさ) しく五輪の政府主動再発の感がある。
 その時の苦い教訓を活かしてJOCは財団法人として独立組織となったのだ。
 その証拠に、今回の東京五輪開催はJOCと東京都が共同でIOCと開催都市契約を結んでいる。日本政府には関係が無いはずだ。
 それにも拘わらず日本政府はJOCを無視してIOCと 1 年延期を決定した。

 又、政府は 5 月 4 日、新型コロナウイルス感染症本部を開き、医療現場の逼迫状況を改善するために 1 ヵ月程度の期間が必要だと判断し、「緊急事態宣言」 5 月末まで延期を決定した。
 しかし、諸般の事情によって5月末までに各知事たちの休業要請や指示に事業者が応じなかった場合、より強烈なコロナウイルスが襲ってくるだろうし、社会や経済にさらなる負担がかかり医療崩壊の危険性もありうる。

 そうなると東京五輪を目指す選手たちが試練にさらされ、練習拠点は軒並み閉鎖され、経済悪化に伴うスポンサー離れで活動資金にも窮する選手が出始め、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大に伴い、スポーツの高潔性や公平性の根幹となるドーピング検査にも影響が出てきて (既にカナダやロシアでその傾向が見られる) スポーツ再開の見通しが立たず、先行きは不透明で五輪開催も危ぶまれる。

 今回のコロナ問題と比較されるリーマンショックは証券会社の破綻だったが、今回の感染症は人、物の流れが一気に凍りつく極めて異質で深刻な事態で、感染が今年中に収束すればいいが、専門家は有効なワクチンや特効薬の製品化に少なくとも 1 年半はかかると言い、その新薬が出来たとしても、その新薬が世界中に広まって、初めて新型コロナウイルスを征服したといえる。ただワクチンの開発に手間取ったり、第 2 波、第 3 波で感染が長期化する可能性も大いにある。

 しかし、オーストラリアで地元通信社の取材に応じた今回の東京五輪の準備状況を監督する国際オリンピック委員長は、新型コロナウイルス感染拡大で 1 年延期された東京五輪の開催可否について「ワクチンの開発に依存しない」という見解を示したとロイター通信が報じている。
 また、去年の暮れに某新聞記者が大会組織委員会会長の森喜朗氏に、コロナ渦で大会は中止となりますか、と質問したところ「そういうことは考えたくないと思っている」と答えたという。

 万が一のことを想定して、その対策を考えておくのが大会委員長の役目ではないのか、来夏の東京五輪がクリーンであるためには、遅くとも大会数ヵ月前にはコロナウイルスの世界根絶宣言が必要だ。
 しかし、残念なことに東京五輪が中止と決定した場合の前向きな定見や力強い具体的なビジョンを盛り込んだ意見は出てこない。

 現代の五輪は巨額な放映権料とスポンサー料を背景とする腐敗が指摘されて久しい。
 ウイルスが資本主義の見直しを迫る中、東京五輪の挫折を逆手にとって、五輪システムの矛盾を洗い出し、日本主導の新しいビジョンを生み出し、それを携えて改めて大会誘致に挑戦すべきだと思う。
 古代オリンピックの衰亡期には文人や宗教家によって運動競技そのものへの批判が聞かれ、ある学者は詩人の詩を引用して、人間がいくら頑張っても獣には及ばないと難じた。

 長距離競走なら馬が優れている。短距離なら兎が勝つだろう。レスリングとパンクラチオン (総合格闘技) の 2 種目優勝者すら象やライオンには敵わない、人間とは何と弱いものか (メゾー著「古代オリンピックの歴史」) 。
 人々の関心も競技から離れ、長く続いた祭典もやがて終止符が打たれた。
 歴史はその後長きにわたり停滞の時代を迎える事となった。
 しかし、その当時の人が見失ったのは他の動物にない「力」、「弱い人間」が自らの限界を超えようとする心の躍動だったのだ。
 歴史の示すところ自分の限界を見すえ、それを突破する人の心の弾みこそ文明の活力の証ではないのか。

 近代五輪の創始者クーベルタン男爵は「人生で最も重要なことは勝利者であるということではなく、その人が努力したかどうかである」と言っている。
 また、セントポール寺院のペンシルバニア司教は「オリンピックで重要なことは勝つことではなくて参加することである」と言う。

 核の洗礼を二度も受けて、その恐ろしさを経験し、世界の平和をどの国よりも熱望している日本が主催する五輪。
 世界平和のためにどのような企画を立てればいいか、従来の勝利至上主義に凝り固まった現在の五輪は絶対に採用すべきではない。金メダル30個を獲得する等莫迦げている。

 まず東京五輪では入賞者へのメダルを排除、国旗掲揚も国歌斉唱も廃止し、日本が戦後初めて参加したヘルシンキ五輪 (1952年) の前の五輪まで、クーベルタン男爵の強い要望によって行われていた世界の優れた若者たちの絵画・彫刻・音楽・文学・建築・スポーツの6種目の順位を決めていたが、芸術作品に順位はつけがたく提案として順位はつけず、彼たちの作品や音楽を聴き、スポーツを楽しみ、お互いに忌憚のない意見を出し合い、和気藹々(わきあいあい)のうちに語り合い研究し合えば、各自の技量や技術の進歩にもなる。

 五輪憲章には、「オリンピック精神に基づいて行われるスポーツを通して、青少年を教育することによって平和でより良い世界づくりに貢献すること」とあり、さらに「オリンピック精神に基づくスポーツ文化を通して世界の人々の健康と道徳の資質を向上させ、相互の交流を通じて互いの理解の度を深め、友情の輪を広げることによって住み良い社会を作り、ひいては世界平和の維持と確立に寄与することをその主たる目的とする」とある。
 五輪憲章ではスポーツを文化と捉えており、「文化」を辞書でみると (1) 世の中が開け進むこと (2) 自然に働きかけて人類の生活目的に役立たせること (3) 学問・芸術・宗教など、人間の精神活動の産物 とある。また、スポーツの語源はラテン語で Disportare の略で、「総てを忘れて熱中する」ということで決して勝ち負けを争うものではない。

 そのような五輪を見たり聞いたり、また世界中の人々が自分の国の勝ち負けに一喜一憂することなく、世界中の優秀な若者が友情の輪を広げる有り様をテレビで見ることができたなら、東京五輪は少しは世界の平和に貢献することになると思う。

 ただ、今回の私の原稿は 5 月中旬に書いたもので、これが活字になって出版される 6 月中旬迄に、今回のコロナを完全に封じ込めるワクチンや新薬ができ、年内にこの問題の解決の目途が立てば、従来通り勝利至上主義の五輪になるだろう。
 しかし、1945年、第二次世界大戦後の国際平和の維持に積極的な行動を起こさず、その上「平和の祭典」のはずの五輪が世界平和の役に立たぬ以上、クーベルタン男爵の理想とした世界平和のために本当に役に立つ機関が、どうしても必要だと思いつくままに現在の「五輪改革論」を書かせて頂いた次第です。

 “二度とない人生だから戦争のない世の実現に努力し、そういう詩を一遍でも多く作ってゆこう 私が死んだら あとをついでくれる若い人たちのためにこの大願をかきつづけてゆこう” 「二度とない人生だから (坂村真民著)」。
                                 以上

  ※出典 : 日本設備工業新聞社「月刊コア」
 

第五話 オリンピック東京大会中止の決断を下す勇気 2020.2.16
第四話 五輪霧中 2019.4.6
第三話 メディアの使命とIOC改革 2017.7.19
第二話 2020年東京オリンピック (平和の祭典元年宣言) 2017.7.12
第一話 オリンピックの意義(オリンピックはあくまでも平和の祭典、
    スポーツの祭典に非ず)
 2017.7.5
 

 西村修一 (にしむら しゅういち)

 1930年  東京に生まれる
 1950年  全日本学生馬術選手権個人優勝
 1952年  慶應義塾大学経済学部卒業
 1953年  NHK杯受賞
 1955年  日本スポーツ賞受賞
 2000年  社団法人馬術連盟より功労賞受賞
 2001年度 馬場馬術世界ランキング第82位
 2011年  日本体育協会・日本オリンピック委員会より功労賞受賞

 前社団法人日本馬術連盟理事
 前社団法人日本近代五種・バイアスロン連合 常務理事
 前関東高等学校馬術連盟会長
 前全日本馬場馬術選手会会長
 前社団法人日本彫刻会会員
 現社団法人日本ペンクラブ会員
 全国各競馬関係諸施設に馬の銅像20基設置

 ホームページ 馬の彫刻作品集とエッセイ

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